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唯一無二の片足のプロダンサー 






16歳の時より演劇にて舞台人のキャリアをスタートさせる  大阪芸術大学にてバレエを堀内充に師事 
学生の頃より多くのバレエ作品へ出演  また 自身のソロや振付作品も創作しはじめる 

2003年 交通事故により左足膝下を亡失 それ以降分野を問わず様々なダンスなどを経験 

現在はコンテンポラリーダンサーとして活動 

その多彩な経験を活かした動き 片足がない事のハンディキャップをも活かした独自の動きを研究 

日々人に伝わる身体を追求している





「義足のダンサー・大前光市」 リオパラ舞台で唯一無二の表現


長い義足や短い義足を使って 自分にしかできない表現に挑戦している大前さんは 
プロになる夢がかなう直前の23歳の時 事故にあった 

「障害者ダンサーは、プロとして使えない」という周囲の言葉に絶望するなかで ダンスを続けてきた 

今年9月 世界が注目する大舞台でのダンスに挑むことになった大前さん 
ダンスのなかで 片足で2回連続のバック転をしたいとトレーニングに励んでいた。。。

「出来ないと思うことのほうが障害だ」と語り 唯一無二の表現に挑む大前さんの信念に圧倒されました




「近所から苦情がでるまで奇声をあげた」義足のダンサー・大前光市の壮絶な過去







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七色に光る義足で踊り この日のために練習を重ねたという連続バック転も見事に成功されます
そのパフォーマンスは 多くの人の心を惹きつけました

自らを「かかしのダンサー」と名乗る大前さんは 義足で踊るプロダンサーとして年間約30公演をこなし 
更に「大人のバレエ教室」を主催、多くの人にバレエを教えています
プロのダンサーとしての充実した日々を送られています








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16歳の時から、ダンサーとして多くの舞台に出演してきた大前さん 
そして2003年 23歳の時には 国内有数のバレエ団の最終オーディションまで進みました 
しかしその最終選考を目前にして 思いもよらぬ運命が大前さんを襲ったのです 








飲酒運転の車に轢かれ左足を失った

落とした携帯電話を探してレッスン場と家の間を歩いていた大前さんは 
雨の中 横滑りしながら凄い勢いで突進して近づいてくる車に遭遇します

危ない!」そう思った次の瞬間 大前さんは鈍い衝撃を感じ 歩道に投げだされました 
この時 運転手は泥酔状態だったそうです 
目の前が真っ暗になり 地面にたたきつけられた   下半身をみる   靴がなかった   ふと見ると道路に転がっている 


そして 靴をはいていたその足を見る


足首から先が とれかかっていた ぷらんぷらんになって 骨が見えている 動かそうとしても反応がない。

どうしようもない感情がこみ上げる

「なんで俺がーーーーーーーーー!!!!!!」



大前さんは この事故で左足のひざ下を切断する事になってしまいます ダンサーにとって 
それがどれほど残酷な出来事だったのか 想像を絶するものです 

「なんで神様はこんなに俺を苦しめるのか?」いつもそう思ってました 
毎日のように 脳を突き刺すような激痛に耐えながら生活をしていました 

いつまでこんな痛みと戦う生活が続くのか?言葉にならない奇声を発する
「う~¨ж%#ЯΛ:Ш!クソー!!」近所から苦情がくるまで発し続けた






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「這って歩く粗大ゴミ」

それでも退院後 義足を着けてレッスンを再開 しかし事故の前の様に体を操ることはできず オーディションに落ち続けます

人に言われたネガティブな言葉は いつまでも大前さんの頭から離れませんでした 
ある演出家から言われた「昔どれだけ踊れてたか知らないけど 今の君は必要ない」という言葉

主治医の「君の汚い方の足はポイしといたわ」という言葉 数え切れない言葉が 大前さんの心を蝕んで行きました



布団の中でうなされて 朝おきて いつも泣いていた

ダンスの仕事はほぼ無くした たとえ出演したとしても自分だけギャラがなかったりした

自分には価値が無いのだと思えて 悲しくなった

もういいよべつに 周りの人達も、上っ面な笑顔で 壊れた電化製品のように私を見てくる 

まるで”粗大ゴミ”

粗大ゴミ扱いされるとよくわかる



義足が痛んで歩けない時は 外してケンケンするか 腕を使って這い進むか
地下鉄の階段を「まるで貞子やイモムシのように」這い上がった事もあるそうです






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1台の飲酒運転の車によって 大前さんはバレエダンサーの仕事を全て失いました
それどころか 義足ででできる仕事は限られているだけでなく 
激痛で休みを取れば「そんなのは理由にはならない」「休むなら辞めてもらう」と簡単にクビになりました

ただただ 日々を食いつなぐ為だけのアルバイト生活の中 心はどんどんとすさんでゆきます
どうにもできない痛みをアスファルトや壁に足や拳を何度も叩きつけた
痛すぎて 拳から足から血がタラタラでてきた    痛すぎる!

心も体もボロボロになっていた 俺はもうどうなってもいい 飢え死にしてもそれでいい 生きてる意味がわからない

道端で気が済むまで叫び続けて 人目なんかクソくらえにまた泣いてしまっていた

結局自殺する勇気はなかったが、 いつ死んでもいいとは思っていた







「かかしのダンサー」の誕生






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その辛く苦しい時間は 10年にもおよびました 

それでも「踊ることが好き」という気持ちを失うことはありませんでしたが
「「障害者でダンスがんばってるね!」と扱いを受けることには虚しさを感じていました

しかし大前さんは そのままでは終わりませんでした 
身体を楽に使うためのあらゆる方法 この体でできるダンスの動き それを使って自立する方法を模索し始めたのです

片足しかない身体で上手く踊れる為に 体の動かし方を研究 
あらゆる角度から体の動かし方を研究しました 

バレエだけではなく ストリートダンス カポエイラ ピラティス 武道 解剖学 アレクサンダーテクニーク 
初動負荷トレーニングなど それこそ役に立ちそうなものは全て!





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リアル自分人生ゲームは どんなに状況が悪くなっても死なない限りは続いていく

ゲームオーバーにはならないのだよ

明らかに不利なゲームをしていても「途中で投げ出さないこと」これが一番大切なことだと思います

そうすると 少しづついろいろ見えてくる  一つづつ出来ることが増えていく
とりあえず 少しでも駒を進めることがまずは大切なんだな

少しづつ コツコツを積み重なると あるとき「一つだけ」出来るようになる






それが宝物





そしてついに それらを取り入れることで体を自由に操り 大前光市だからこそ踊れるダンスを生み出したのです

それは大きな評価を得 第47回なにわ芸術祭・舞踊作家部門新人賞大阪府知事賞 大阪市長賞
第4回ダンスクリエーションアワードにて審査員特別賞など数々の賞を受賞します 

それは大きな自信につながりました

「無様になることはあっても、負けることはない 僕はダンスを通して自由になりたいと思っている 
だからチャレンジしつづけている、自由になり続けているんです」




「片足だからこそ踊れるダンス」


大前光市さんの義足は約20種類 足先のついた義足ではつま先を伸ばして使えない為 
足首から下のないタイプの義足をつけてパフォーマンスをします 

そして ダンスのテーマによっても義足を変えるのだ




大前さんのダンスは「片足でも踊れる」ではなく「片足だからこそ踊れる」唯一無二のダンス

障害を持つということは 別の可能性を持つということなんだ

今の自分が既に持っている才能を形にする ということだ

努力をしたらその可能性が 少しづつ形になっていく

それを大切にして磨いていれば 武器にも宝物になる

そして それを見た次の”誰かの可性”になる






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「ポジティブ スイッチ」





 
障碍者だからこそ 優れた感性と確かな個性を兼ね備えています




誰の可能性?





人類の可能性です












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風 蘭




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