Post

Prev   

B1病棟@其の7

DSC_0139_convert_20151209224345.jpg










B1病棟@其の7


 六月十三日 火曜日 四十七歳の誕生日の朝を向かえる。
睡眠薬を変えたせいか少し深く眠れた様な気がする。
しかし相変わらずいやな夢を沢山見ることに変わりはない。
夜のワールドカップは日本がオーストラリアに1対3で逆転負けをして、日本中がしんみりとした朝だ。
これから午後にはそのビデオ観戦があり、玲子との面会があり誕生日を祝って頂くとは
何と皮肉な日なのだろうか。
何一つメデタクない日なのに。現在も是からも日本国中が希望を失いメデタサとは正反対の日なのだ。
午前十時三十分に奮い立たせて散歩にでかける。
ナイキのランニングシューズで外回りを軽く一周ランニングする。

草花や竹などもすっかり初夏の模様に変わり、入院生活の時間の長さを感じる。
途中で農作業をしていた副院長と話をする。


「仕事はどんな仕事でも大変なものです。私も半農半医のつもりで仕事をしています。
小児病棟の子供達と農作業をしているときが一番幸せです。」


このような職業だから見えてくるものがあるのだろう。

道すがら何度も玲子が来る方向をばかりを気にして、神に祈る様な心で、腰の痛みが退きますように、
無理をせぬようにと手を合わせた。
県営バスから三名の外来患者と思われる乗客が降りてきた。
外来は今の時間はごった返していて、どの患者も憂鬱な表情をしている。
退院後も一生この病気と付き合うとなると、またしても目の前が本当に真っ黒になった。
午後のビデオ観戦は玲子のことが気がかりでソワソワしていた。

午後二時十五分玲子面会。
いつものように稟として小綺麗にしてくる。


「お父さん、お誕生日おめでとう。」


誕生日のプレゼントに場違いなコロンを頂く。
そこが良いところだ。石鹸と洗濯物も持ってくる。
洗濯物からは何時も凄い薬の臭いがしていて、こんなに沢山の薬を飲まされている事に胸が痛くなると言う。
それでコロンなのだ。


「最近の心の動きが不安定でたまらない。」


「家族に対して何も出来ない無力感を痛切に感じるんだ。」


「できれば死んでしまったり、消えてなくなりたいと思うこともあるの?」


自殺を意味することを聞かれて、声が上ずり涙が止まらなくなる。


「一歩一歩焦らずに。」


と導いてくれる。


「まず来週の外泊に向けてやるべきことをやってゆくだけで良いのよ。」


「自分がどんなに苦しく、心を切り刻まれていて、何の役にも立たない様で通院や就職などの現実に対しても、
どれもとても心が弱弱しく危うい状態にあるんでしょう。」


「でもそれは一つの通過点と捉えて、あまり先の事は考えずに、
目の前の事をしっかりとして生きてゆくだけで良いのよ。」


と教えてくれた。

腰をかなり痛めている様子で、玄関まで荷物を持って見送る。


「今からでもこのオペルで我が家に帰してくれ。」


と涙ながらに別れて、遠く見えなくなるまで大村湾沿いを見つめる。

午後四時に立ちすくんでいると、集団散歩に誘われて合流することにした。
十三名ほどで大村湾の海辺まで散歩に出かけた。
初夏の午後は気温も高く汗ばむほどだったが、気分転換にはなった様な気がする。
あまりメソメソばかりしていてはやはりいけないと思った。

午後五時半に島根の母に電話する。
今回の件で大変な心配をかけて申し訳ない事と回復している事を報告して、
又、力を貸して欲しいむねを頼む。

椅子に座っていたら分裂病のビートルズをこよなく愛する深代さんから肩を揉んでもらったが、
これがとても上手で驚いた。
ヘイ・ジュウドの歌声も優しい。少し読書をして四十七歳の玲子との素晴らしい誕生日を終える。


 六月十四日 水曜日 睡眠薬が残り体がだるい。
午前十時よりソーシャルに行く。皆でオセロをして完勝。
その後、水彩画の紫陽花を書き加えるが思ったように描けない。
感性とテクニックがまるで蘇らない。
バトミントンのペアだった吉岡さんは自己入院だそうだ。今月中に退院の運びらしい。
双極性障害の石井さんは明るくおしゃべりが楽しい。
楽器も出来ないのにロックコンサートを開くと知人に言いふらかして、会場まで確保したそうだ。
そのときは何でもできると自信に溢れていたようだ。

パソコンで心理分析のパワーポイントで自己判定をする。

午後石塚さんと連続ドラマのキッズウオーを見る。主人公が気丈で玲子の様だ。
退院のプロセスを書類の書き方や印鑑の押す場所などを教えてくれる。
壁に掛けられたカレンダーをいつも気にしていている自分がいて、
来週末の外泊に向けての心の準備をしなくてはと思いつつも未だに自信が持てない様な気がする。

仲尾Dr.面会。鬱状態に変わりがないことや、
来週末の外泊のスケジュールを玲子と六月十九日当たりに予定していることを告げられる。
読書での聖者の行進より、心に残る文面があった。


「眠っているうちに死んでいたらどんなに良いだろう。
しかし子供もいて親も七十歳を過ぎている者としては、
これほど無責任な望みはない。面白くなくても生きて行かねばならないことは判った。
しかし、病人、死人の連続であるここ六年間自分はまだ生きているが不愉快ではなくなった。
あのネグロ奴隷達の愉快な「聖者の行進」という葬送行進曲ではしゃぎ回った仲間達によって、
ようやく生から解放された死者たちが墓にまで送り届けられる有様を見て、
成る程とよく理解してしまったのである。」


生きてることも死ぬことも全ては過ぎ去ってゆくと言うことか。

午後三時に散歩に出かける。
また例によって玲子が来る大村湾沿いをしばし眺めていると、看護師の川口さんが話しかけてこられた。
闘病生活についての胸の内を話すと、男性はナイーブな人が多いと一笑された。
エリート県職の男性は頚椎損傷で寝たきりになりながら必死に生きておられる。
みな色々な悩みを抱えて頑張って生きているのだと励まされた。
後ばかり見ないで前を見て生きていくころ合いだということか。
メールチェックする。

* 今仲尾先生に連絡とって来週の金曜日と土曜日の外泊の許可をもらったけん。よかったね。
月曜日に又行くね。今日も朝からセイコツ院に行きました~だいぶヨカッ。
今日は三時半からレッスンです~頑張るけんね。楽しみにしとき…ね。*

* ありがとう。ここまでこれたのも玲子のお陰です。何時も感謝してるよ。*


ついに外泊までたどり着いた。
そしてここからが本当の現実との戦いであり、家族との絆を取り戻す努力を実現してゆく場である。
これまでも十分時間をかけてここまで来たのだから、
玲子の言うように一歩ずつでも良い方向に努力して進んでゆく以外に生きる道はないのだ。

今度は六月十九日に来てくれる。
感謝の気持ちとともに、緊張してきた。
心の準備はまだ十分に出来ていないけれども、前に進む力を心の強さを必要としている。
玲子が導いてくれるならば、そのロープを掴んで行きたい。
そして一日でも長く共に暮らせることが今の一番の望みだ。


 六月十五日 木曜日 洗面場で石塚氏と立ち話をする。
病気の事を医学生の娘が理解出来ない事を不思議に思われていた。
これは何時も自分本位に、嫌な事に目をそらせて生きてきた麻衣子の心の処理と本質の問題であって、
親として大変危惧しているところだ。
導きたい気持ちは山々だが、自分が病気のせいとして受け入れてもらえるには虫が良すぎる。
麻衣子は心の成長において、是からの長い人生の中で、つらく苦しい思いに多くぶつかるだろう。
心がしなやかに成長しないと、どうしようもない現実に耐えられず、
病気になったり自殺する人が後を絶たないではないか。

できれば玲子と二人で時間をかけて麻衣子の精神サポートを出来るようになりたい。
仲尾Dr.面会。
眠りが浅い事を告げて、もう少し強い薬を今夜から処方して貰う。
風呂に入るがやはりごった返す。風呂上がりが暑くて長ズボンしかないのが辛い所だ。
暫くパンツ姿でベッドの上で涼む。
突然洗濯物のポケットの中に病院内の紙の名札が入ったままである事を思い出して、
急いで取り出してゴミ箱に捨てる。
我が家の洗濯機に病院内のけがわらしい痕跡を残す訳にはいかないと思い、またぞっとしてしまった。

午後ゆっくりと読書をする。解りにくい文章で読みづらいが、心に残る文面がある。


「精神上の失われた欠けた部分はどうにもならない事。
己の精神が自由に操れずにばらばらになるのだから死は恐ろしい」


と作者は言う。それならば精神病患者はどうなるのだろうか。生きながら死を体験しているのだろうか。
いや決してそうではない。
どの患者も重度の分裂病患者でさえ、自己の精神の一部分は正常に機能していたり、
機能する瞬間があって、自分を遠くから観察しているのだ。
死後の霊魂が死体となった自分の状況を観察するごとく。
そうでなければ病気が回復する傾向は有り得ないからだ。
切れ切れの精神のずっと奥深くには必ず自己の覚醒した精神を宿しているはずなのだ。
現在の医療では精神病の脳生理は残念ながら殆んど解明されていない。
病気の俺だからこそ、そのシステムに気がつくのかも知れない。

三時半から散歩に出かける。
逆回りで院外を一周してみる。ストレッチや軽いランニングを入れる。
いつもの玲子が通う大村湾沿いや棚田の田植え風景を眺める。
この梅雨前の少し晴れ間のある季節が好きだ。
青空が明るく雲が綿菓子の様に柔らかく撫でつけたようだ。
風も優しかった。自分が今鬱状態でも少しは出来る事があり、感じることが嬉しかった。
散歩の帰りにナースステーションに入るので、患者の目を気にすることなくメールチェックを入れる。

* 今日の気分はどうですか?私は今日も昼前に整骨院に行って今レッスンの準備をしてたところです。
それと今晩はカレーなので煮込み中。今日はさすがに梅雨っぽい天気です。昨晩は雨がひどかったよ。
こっちはなんの心配もいらんよ。来週を楽しみにね!*

* 苦労かけてます。玲子がいればいい*

* 苦労じゃないよ~。健やかなる時も病める時も~と結婚式で誓ったでしょう!万事オーライよ!*

玲子のしっかりと毎日を稟として生きる姿は、
やはり今のか弱い自分の心に照らして見ても見習わなくてはならないと思う。
少なくとも現実が途方もなく深刻な状態であっても怯えてばかりで精神の安定が図れず、
死をいつの間にか意識してしまう後ろ向きな
、それでいてやはり自分本位な家族愛の欠落した心が見て取れる。
まだまだ病気は続いているのだと思う。
今は玲子に導かれて初めて一歩から病気の根源を治療しているのかも知れない。
病気を見つめて自分を見つめて
、愛する家族を玲子、麻衣子、龍之介、ピーとサクを見つめ直す時間をまだ必要としているのだろう。
バトミントンで活躍した房山さんが明日退院との事で抹茶クッキーを頂く。
退院できる人はやはり人に対する心遣いも最後まできちんと出来るのだと感心した。
髭の旦那さんの山本さんも明日退院するとの事で院内での世話になった事に礼を言う。


 六月十六日 金曜日 天候晴れ。ラジオ体操を入念にする。睡眠薬を変えたお陰で、ぐっすり眠れる。
しかし体のだるさが酷く、前の薬に戻してもらう様に看護師さんに頼む。
午前十時からソーシャルに行ってみる。
パソコンのデータより心理プログラムのパワーポイントを閲覧。
病気についての説明や薬との付き合い方、
七名ほどのグループに分けた患者どうしの心の内を話し合い、自信を回復してもらうプロセスだ。
自分にも心の回復に向けて何か応用出来ないかと思った。
隔離病棟の時からお世話になっている看護師の本島リサさんからも、
入院後になげやりな時期があった事を指摘され、院内生活の上でも良くないことであったと言われた。
確かに玲子の支えを無くしたと感じた時の無力感はひどいものだった。
今晩退院される房山さんが言うように、自信が付くのを待っていたら、
一生この病院から退院は出来ないのだから。
やれることから少しずつ一歩一歩進むしかない。

仲尾Dr.面会。
睡眠薬の量を増やした分の半分だけ増やしてみるとの事。
自分の場合は、早く無我夢中となれる労働や仕事に就けるのが一番の薬なのかも知れないが、
やはり焦っては又再発となろう。
ひいひい泣きながら、怯えながらしか出来ないだろう。

午後から少し読書をするが、相変わらず難解な文面で読みづらい。
三時三十分から散歩に出かける。又、人に会うのが嫌で逆回りする。
ランニングと柔軟体操をして、足元を見ていると蟻さんだってきちんと働いて生きている。
日差しはもう夏の強さだ。
自分に今必要なのは、心を開いて人生の流れに身を任せる勇気の様なものだと思う。
いつも肝心なところで逃げ出して来た様な気がする。
もう逃げ道はそれほど残されてないし、
これ以上家族を自殺によって傷つける事はあまりにも無責任なような気が本当にする。
散歩帰りに四時十分にメールチェックする。

* 梅雨の合間の晴れで夏みたいですよ。
布団取り込んでたら二階のベランダから少し見える海のきれかったよっ!
先日プランターに植えた花もだいぶ花ひらいてきたよ。紫色の花。それと玄関の紫陽花も咲きました。
来週の今ごろは家だね。今日は三時半からレッスンです。来週期末テストやけんきばらんば~!
仕事は私の支えでもあるから一生懸命頑張って生徒にいい点とらせんばと!
月曜日には本とスリッパちゃんと持って行くからね。父ちゃんも身体鍛えときぃ~!*


梅雨の晴れ間は生命の活力がみなぎって本当に好きな季節だ。
玲子のレッスンも真剣勝負で頭が下がります。
来週の今頃は我が家だと書いてあったけど、後一週間の後に、
自分は更に心と精神を鍛え直して這いあがらなければならない。
六時半に房山さんが退院された。姉妹と子供も一緒に手続きをして出て行かれた。
何かもう既に自信に充ち溢れているような後姿だった。

八時半まで読書をする。
生きていればどんな思想だろうが、逃亡しようがお構いなしのような表現が理解できた。
今日は少しだけ進歩があったようで気分がよい。
ミュージックステーションのテレビを見ていたら、
珍しく隣に座った重度分裂病の涎を垂らした女性から話しかけられた。
何でも宇多田ヒカルのベストCDを親から買ってもらったのだが、
宇多田ヒカルが卵巣の病気なのか、聞いていると自分の卵巣が酷く痛むので、
それ以来聞くのをやめている話に、久しぶりに腹の底から笑った。


 六月十七日 土曜日 七時半に起床しても辛い。やはり睡眠薬が残っているせいだと思う。
今日は朝から雨模様。梅雨入りも間じかだろう。
十時から風呂に入り、三人ほどでほっとする。体の隅々まで足の指の間まで丹念に洗う。

テレビの新日本紀行で青森りんご農家の番組があった。
昔から現在まで仕事というものは本当に厳しく辛いものであるのだと、
又その努力や力の注ぎ方なども改めて思い知らされた。
少し昼寝をする。うつらうつら夢を見ているが、やはり良い夢ではなさそうだ。
今日は散歩もソーシャルもない日なので、休養日としてゆっくり休もうとするのだが
、例によって悶々と不安が湧きあがり、心安らぐなどとても出来そうにない。
何時も家族の事が心配であり、それが自分自らの手で崩壊させてゆく姿を見るのが恐ろしい。
このことに病院での時間のほんどを費やしてしまっている。
しょうがないと言えばしょうがないが、これも自分の性なのだから、
他の患者の様に楽しげに出来ないのかもしれない。
あるいは他の患者さんは既にそう言う精神状態を乗り越えて楽しむ力を回復出来たのかも知れない。
四時二十分、メールチェックをする。

* 昨日とは打って変わり肌寒い雨だね。
何してますか?今日は朝から一時まで仕事でそれから買い物に行きました。
ピーサクも雨の日は静かなもんです、今日朝隣の小梅ちゃんがなぜーか家の庭におった!
どうやって来たんかね…?教訓~雨が降ったら傘をさせばいい。疲れた時には休めばいい。
ねっ…お父さん。二人でぼちぼち行きましょうね。*

少し文章から疲れが見て取れる。
今日の様な雨の日は休養日として気長にスタンスを取って
玲子にとっても一休みと言う具合に切り替えているのだろう。
隣の犬の小梅ちゃんがどうやって入ってきたか不思議だが、
こんな病院と玲子のいる場所との距離があるのに雨の密度のせいか、
とても近くに共有出来てしまっている。
二人で共有し合って、今日は少し休もう。
これからと言うよりも、今の気持ちを大切にして、
そして来週の外泊に向けて玲子と協力してゆく事で良いと思う。


 六月十八日 日曜日 七時三十分ラジオ体操。体のだるさは相変わらず続いている。
全米ゴルフのテレビを九時まで見ている。
躁うつ病の寺田さんから、三菱重工で働いているのだが、
アップルコンピューターとの合併独立について参加しないか話す時間があるか聞いてきたので、
またの機会にしてもらう。
誰にでも同じことを言って回っている。食堂で何時も何か文献を開き、メモを取っておられる。
知的な患者だと思っていたが、そのメモには自己の狂気が真っ黒になるまで取り留めもなく書き綴られていた。
躁うつ病患者は元は頭の良い方が多い。

同室の可部さんのご家族が五名で来られて、手弁当で楽しそうであった。
重度の難病の少女のテレビを見ていたが、心がピュアで一日をとても大切に生きている様子に感銘した。
自分も明日知れぬ難病だと思えば、少しは胆が据わって物事に対処出来るかも知れない。

午後は何するでもなく、まどろみ、不安がり、此れまでの経緯を思い出したてみたり、
とりとめのない時間が最近特に多い。
薬のせいかもしれないが、気力とゆうものが殆んど湧いてこない。
こんなに低いハードルもまだ越えられずにいる。
自分を歯がゆく思うのだが、今は鬱状態なのだから、これと付き合うしか術がない。
病気になった自覚を再度もって、伴う現実に心してかかり、毎日何度もこのノートを読み返しているように、
一歩一歩再確認しつつ自覚してゆきたい。
四時十分、メールチェック。

* 今日は晴れたね。私はいつも通りの生活です。
朝は私立の進学校の学生と中三のレッスンで買い物行っただけ。
今日は何もやる気がしないのでゆっくり過ごします。*


玲子もやはり疲れている様子だ。気力で乗り気っているのだろう。
石塚さんが三度目の外泊から戻って来られた。


「自分の目から見て藤沢さんは鬱ではなく、本当はショック状態では無いかと思える。至って正常です。」


と言われた。
そう言われれば何もかもがガラリと変わってしまって、怒り、焦り、戸惑い、泣き崩れ、
また自信をなくし、しかも時間だけが残されていることにいら立っているのだ。
外泊をすれば、することは自分の自由に決められるし、すること自体も多い生の生活なので、
時間の過ぎるのはとても早いと言われた。
玲子と夕飯の買い物などにも行ってみたい様な気がする。
 九時まで功名が辻を見て、十二時までワールドカップのクロアチア戦を数人で見ていたが、
0対0で面白くなかった。


 六月十九日 月曜日 体はやはりとてもだるい。今後睡眠薬の調整をもう少し必要としている。
本当にぐっすり眠ったり、すっきりと起きたりする事がここの処殆んどない。

十時からソーシャルに石田さんと行く。書道で「初藤」と書いてみる。
行書体で太く筆先まで神経を使って書き上げる。久しぶりに良く書けた。
廊下の展示版に張り出したいとカウンセラーより言われた。
古いギターがあったので、ハーモニックスで調整して音階を整える。
とてもその音色が心地よかった。音楽と絵を書く事が今は一番心が和むのだ。
入院一カ月の外山さんよりSSTなどの自活の会などの話を聞く、患者同士で話を聞いて見ると、
やはり色々なケースがある事が解り、
自分が特別最悪なケースで焦って居る事とは少し違っている事が解る。

 午後から突然玲子が面会に現れる。自宅にちょうど電話してみた所だった。
本を三冊とスリッパと洗濯物を持って来てくれた。


「体調はどう?院内の生活はストレス無く過ごせてる?」


しかし自分はうまく話すことが出来ずに何から話して良いものか、解らず頭の回転も今日は鈍い。
途中仲尾Dr.も加わり診察室で六月二十四日金曜日午前十時から六月二十六日 日曜日午後一時までの
外泊について話し合う。


「外泊中、何か変化があれば直ぐに病院に電話して下さい。」


何を意味しているのか、この時点では理解できずにいた。
 玲子と面会室に再び戻り、又ゆっくりと、今回の病気になった事や自分本位で生きる危うさや、
まだ支える家族が居る事などを話し始める。


「本当に断崖絶壁で、上の方などとても見えない壁をどうして登ろうか途方にくれていたわ。
しかしどうにか登り始めてしまうと、そんな尻ごみしている場合では無くなり、
今日一日のためだけ毎日一生懸命生きるだけできっと良いと思えたのよ。」


玲子自身今回の件でのショックは大変な事であり、
目の前が暗くなりどうしようもない所まで追いつめられたのだろうが、
やはり仕事を通じて人に役に立つ事が大きな支えになったのだろう。
良い本は必ず為になるからと勧めてくれた。
自分はまだこの病院と言う繭のなかで病気を通じて本質としての自分を再形成しているのだと思える。
玲子は又レッスンが在る為に玄関まで見送り、
金曜の午前十時に迎えに来るからと言ってオペルから手を振って行ってしまった。
これまでの様に大村湾沿いを見えなくなるまで見送っていたが、
自分の心情的には、寂しさではなく、又不安でも無い、何かしら頭の中が空っぽのような感覚がした。

二時半から風呂に入ったが、やはりストレスでたまらない。これも修行の一部なのだろうか。
玲子が持ってきた本から、「明日の記憶」を読む。
若年型アルツハイマーの告知をされて、揺れ動く心が感銘できた。
一瞬の崩壊、不安、恐怖、絶望、こぼれ行く砂。
玲子と麻衣子とは、又メールでのやり取りができるまで関係が改善中。
麻衣子は解剖実習で多忙との事でいま少し時間をくれと言っていたようだ。


 六月二十日 水曜日 六時三十分起床。少し寝覚めが良い。
「聖者の行進」を読破したが、どこか薄気味悪かった。
十時からソーシャルに行く。習字で「栄光」と四枚書く。人から上手いと言われ、廊下に張り出された。
SSTの活動を部屋の外から眺める。
今後の自分に必要となるかも知れない。
自信の回復という意味と、外に向けた心の方向という意味において。

一時三十分から「ラストサムライ」のDVDを見る。
なかなか以前見た時の様に集中出来ずに見終わってしまった。

三時三十分より散歩に出かける。
玄関までで、いつも玲子が来る方向を見つめる。
感傷的にはなれない。もっと厳しい目つきになっている自分がいる。
そして何時ものように怯えたか弱い心が透かして見える。
四時十分、メールをチェックする。

*入院費用が安くなる手続きを市役所まで行ってしてきました。
その病院にはソーシャルワーカの人が相談にのってくれるし事務所の人も親切でたすかってま~す。
いろいろ勉強になったしだいぶ一人でいろんな事できるようになったよ~電球もかえれた!えらい?(^_^)V*

自分がこうして怯えたり迷ったりしている間に、玲子はもっと現実とどう戦って行こうか考えて行動し、
突き進んでいるのだ。
大変な努力と苦労をしているのだ。
いつもの日常、俺の穴埋め、入院している自分のフォロー。
今後の家計を考えたらやってられない。
一週間前の自分は感傷的になり、泣くことで現実逃避をしていた。
しかし翌日の外泊が決まった途端に今度は感情の働きが鈍くなった。
頭の回転名は更に鈍くなり、また同じ道をぐるぐると逃げ回わろうとしているのか。
これでも少しは前に進んでいるのか。
玲子の苦労に比べれば、それを無駄にしないためにも、また今日も一歩一歩玲子に近づかねばならない。

読書をして肩が痛くなった。通じる処多し。
石塚さんは六月二十四日土曜日に退院が決定したとのことで、自分の外泊との入れ違いになる。
大変お世話になったお礼を述べる。


 六月二十一日 水曜日 七時三十分ラジオ体操。
今回の睡眠薬は寝つきが良さそうだが、又翌朝に残るようだ。
たくさんの夢を見て、夢と現実とが虚ろにまどろみ、力が湧いてこない。

外泊許可証に記入する。期間、六月二十三日午前十時から六月二十五日午後四時まで。
欠食の有無、病棟B1,現住所、外泊住所、保護者 藤沢 玲子。まるで他人事のように書き入れる。
たった此れだけの事でも大仕事の様に思えてしまい、億劫で、情けなく、また自信を無くす。
読書、今日はソーシャルを休んで「明日の記憶」を読む。
そして少し昼寝をする。今日はゆっくりと過ごす日に決めた。

仲尾Dr.面会。又、睡眠薬を変えた事と外泊注意事項を繰り返すばかりで一向に話に進展がない。
これ以上話に加わってもらえそうにない。
自分が今どんなに鬱傾向で、気力もなくなっている事や、現実と向い会う外泊に向けてどんなに恐れ、
緊張しているか何てことは全く関係の無いもののようだ。

三時三十分、散歩に出かける。サンダルで一回りしてみる。厳しい目つきだったと思う。
仲尾Dr.に再度外泊に向けての緊張がひどいことを言ってみるが、心配無いと言われる。
四時十分、メールチェックする。

*明日からテストなんで今日~明日は山場です!
昨日も晩御飯食べたの八時半過ぎやったけん龍之介のかわいそかった。
今晩から雨だって。もうすぐ外泊日だね。楽しみだね。ピーサクがびっくりするよっ‥!本おもしろい?*

*頭下がります。明後日だね。すごく緊張してる。* 

*リラックスリラックス!我が家でしょう!*


本当に救われる思いがする。何時も何時もこれで良いのだろうかとか、良いはずは無いと思い悩むばかりだ。
脅え悩んでいる自分は、今一番それで良いのだと、生きているだけで良いのだと
言ってもらえる人が必要なのだと思う。
心が通じ合っている、共に共有している。冷え切った心がポッと温まる思いがした。

「明日の記憶」を読み終える。ラストシーンなど自分と玲子のイメージが重なって感動した。
自分も生きることについてもう一度考え直してみたいと思った。
同室の村井さんは今日から外泊に行かれた。奥様と嬉しそうに出て行かれた。


六月二十二日 木曜日 七時三十分TV体操をする。気分はさほど悪くはない。
いよいよ明日は二か月ぶりの我が家に初の外泊だ。
自分のいるスペースはもう残り少ないだろうが、リラックスできる時間が持てれば、
龍之介との会話ができればそれで良いのだ。
十時二十分に風呂に入る。これが退院で最後の風呂なれ我慢もできるが、やはりストレスを感じる。
明日の準備を始める。バスタオル類、厚手のトレーナーなど持ち帰りのものをバッグに詰めてゆく。
帰りに着るもの、洗濯物、シェーバーの再確認。そうそうこのノートも忘れてはならない。

仲尾Dr.面会。心理教育に参加することを勧められる。
本間さんが今日わずか一か月の入院で退院された。
あんまり頑張らない方が良いし、なるようにしかならないのだからと励まされた。
石田さんの外泊も重なり、見送る。

どこに向かって退院してゆくのだろうか。それぞれに生きることに精いっぱいなのであるのか、
なる様にしかならないと思っているのだろう。
 心理プログラムのアンケート用紙が来る。難題が多く大変悩みながら書き込む。
引きこもり(自閉)はやはり精神病の病状と言えるのだろうか。精神病の病状は自分では気づくことが難しい。
毎週金曜日にビデオを五回見ながら心理教育が行われるようだ。
胸の中に大きな穴が空いているような気がする。
感情も記憶も生きることさえ飲み込もうとする大きくて暗い穴だ。
これは新しく生まれた自分の精神病として何らかの良からぬ方向の様な気がしてならない。
精神的にとても危うい事だし、自分の存在がまったく無意味に思えて仕方がない。
まだまだこれ位のことでは許してもらえそうにないし、これからが本当の地獄の始まりなのだから。

 三時三十分から散歩に出かける。海に向かって石を投げ続ける。
「こんちきしょう!くそったれ!」と何度も叫ぶ。
正面玄関まで行き、明日はここを通って出て行く事を確認する。
途中で本山看護師長に出会う。明日から外泊の旨を伝え、これまでの二か月間の礼を言う。
あと二回の外泊で退院だからもう少し頑張ってと言われる。
不安については正常な証拠なのだそうだ。正常不安になるまで頑張ったのだと励まされた。
メールチェックする。

*今日明日テストなんで今日は二時からレッスンと五時からレッスンでたて込むので早くメールしてます!
明日十時半から十一時の間には着くように行きますからね。待ってて下さい(^O^)/*

玲子の体はボロボロなのかも知れない。之からのことも、精神の危うさも全て心配なことばかりだ。
石塚さんとこれで最後になるかも知れないので、今までのお礼を言う。
本当にあの躁状態での強制入院時から何かとお世話になり、交友を深めさせていただいた。
石塚さんの退院のお祝いと社会復帰を心からお祈りする。
残された自分には、これからが本当の地獄を味わうだろうことは容易に想像出来るのだ。
死を選択しないで、自分のか弱い精神が持ちこたえる事が出来るかどうかが問題である。

 
関連記事

Post Comment

  
非公開コメント