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人格改善「目的中心」の生活

ひまわり





今月も早くも半分が過ぎましたね。
と言うのも仕事のノルマがまだ半分しか消化して居ないのです。

丁度良いではないかと思われる方がいらっしゃると思いますが、
私は毎月先行逃げ切りでないとプレッシャーからのストレスで
思考回路も働かなくなるのです。

几帳面に戦略的に行動しないと
良いクライアントには出会いません。

その効率の良さが私の仕事の特徴で
PCでは何通りものプレゼンデータを用意しています。

だから内勤時間が少なくて
直ぐにクライアントの要望に適したプレゼンが出来るのです。


私も今の会社で初めから仕事が出来た訳では有りません。
研修も引き継ぎも無いまま、「好きにしなさい。」と
イカリヤ社長から言われて、日報と顧客管理票だけ入力しました。

後は何も解らないまま出張に行かされて
そこで精鋭の先輩社員から仕事の仕方を盗んだのです。

私は苦労はしましたが、確実にステップアップして行きました。
今年で3年になりますね。


社会復帰した後の方が大変なのは
健常者さんとの人間関係は勿論、
社会と言う利害関係に精神を順応させる能力を
養わなければならないと言う事です。

周りの環境が変わって見える時は
自分の気分障害で見る目が変わったに過ぎません。

対人関係においては自分の理想とする姿をイメージして
意識的に「仮面」を被ります。

当分この作業も苦労しますが、暫くすると無自覚で出来る様に癖が付きます。

人の人格は思考と行動の癖で成り立っています。
独立した個人の人間性は変える事が出来ます。

此処でもストイックな自己コントロールが必要で、
私は意識的に人格改善を行ったのでしょう。

善良な精神の方は経験を積むほど無意識に人間の人格を変化させます。
経験を積む事は失敗しても其処から学ぶ事も出来ますので、
精神療法として取り入れられたら良いと考えます。

各々ご自分に合ったやり方で経験をリアルに積んで頂きたいと思います。

精神障害者でも明確な目的と強い精神力があれば

人格は変えられます。。。



緑






         風 蘭


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yrvnona@outlook.com

人格改善「目的中心」の生活 | もう一つの OneNote
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2017/03/25 (Sat) 10:42 | jlcfhlzkn #EBUSheBA | URL | 編集 | 返信

Re: 重ねてありがとうございます  通りすがりJ 様へ


おぉ~、大人のコメントですね(笑)

私が小出しにしている持論が
可笑しい位に共通点が多い事で、私を嫌っている方々にも
すんなりと理解して頂く為に全文転載してみました。違法なんですね。

私の患者サイドから見た「体験的行動療法」には終わりが有りません。
日々体験から掴み取ったノウハウの蓄積です。

だからコメ返しでの「私の体験」に基づく論文の引用なら説得力が上がりますね。
しかし森田療法と全て照らし合わせて新しい論文を構築すると成ると
私一人では出来ません。

娘夫婦の協力もはじめ、専門の精神科医のチームも必要でしょう。
私の社会貢献とはこう言った活動と
脳生理学的解明のお手伝いが挙げられます。

記事としては未だ総括不可能で有る事をご理解下さい。

通りすがりJ さんは気負わず自然体の方が平等公平なコメントが出来ると思います。
若さか、正義感かが時々邪魔をしている様です。

数回のやり取りで人となりは理解できました。
正直言って嫌いじゃないですよ。

もしも同じブロガーさんだったら、きっと仲間に成っていたでしょう。。。


2013/04/20 (Sat) 14:20 | 風 蘭 #- | URL | 編集 | 返信

重ねてありがとうございます

ありがとうございます。
風蘭さんの記事をより理解しやすくするためにご紹介いただいたのですね。
しかし、やはり全文転載は違法です。
もしよりわかりやすくするために・・・とお考えなら
文章を部分的に引用したうえ、
ご自分の経験に絡め、風蘭さんの言葉で説明なさったほうがよいかと思います。
それならば格段に風蘭さんらしい記事に仕上がるのではないでしょうか。


>そもそも「通りすがり」さんとは以前はブログの番人の様な存在で
>その平等公平なコメントに一目置くのが習わしでした。
恐れ入ります。
今後も冷静な文章を書いていく所存です。
ですから、わたしの文章に感情が入っていたり、公平さを欠いていると
風蘭さんが感じられたときはその都度わたしにご指摘ください。

2013/04/20 (Sat) 12:21 | 通りすがりJ #ykn2WFBY | URL | 編集 | 返信

みなみ様へ


> ご自分のお考えを表現するには「ブログ」という表現手段では無理があるのではないでしょうか?

そうですね、確かに限界を感じています。


2013/04/20 (Sat) 05:09 | 風 蘭 #- | URL | 編集 | 返信

NoTitle

ご自分のお考えを表現するには「ブログ」という表現手段では無理があるのではないでしょうか?

2013/04/20 (Sat) 04:15 | みなみ #G5nEhThc | URL | 編集 | 返信

Re: ありがとうございます  通りすがりJ 様へ


残念ながら私は通りすがりJ さんの事を知らされていません。
本来ならばこの様に踏み込んだ議論をするには
対等でなければ、私は想像でしか通りすがりJ さんを理解出来ません。

そもそも「通りすがり」さんとは以前はブログの番人の様な存在で
その平等公平なコメントに一目置くのが習わしでした。

通りすがりJ さんのコメントからは若さが感じられます。
健常者さんは統計学的精神療法しか編み出せません。

障害者自信が体験して現実に回復できた経験論の方が
より説得力が有るのではないですか。

概論ばかりで具体性が無いと感じられるのは
私の記事を闘病記を含めて読み込んでいらっしゃらないからでしょう。

炎上で半分は消失してしまいましたが、
わたしの7年分の同じ方向性でもがいて来た4年分の記事を
コメントに入れ込むのは不可能です。

そして私の様な考え方を大昔から説いていたのが森田療法です。
所謂今日の日本の精神療法の原点ですね。

全文転載については通りすがりJ さんを初め読者の方々に
私の「経験的行動療法」と余りに共通点が多い事を認識して頂く為です。

私に対する不信感を払拭する為に親切丁寧な記載の方が
納得できると思いました。

問題が有るとしたらコメントは削除いたします。。。


2013/04/19 (Fri) 23:13 | 風 蘭 #- | URL | 編集 | 返信

ありがとうございます

風蘭さん、わたしにも紆余曲折がありました。
それにあなたは先日の記事で精神障碍者のマイノリティに触れていたではありませんか。
「健常者の~」という一言はあなたから見た私に対する差別用語ではないですか?

森田療法のご紹介をありがとうございました。
森田療法はわたしも存じ上げております。
これは 「森田療法の実際(http://moritatherapy.fc2web.com/jissen.htm)」
からの転載ですね。
全文を転載することはたとえ引用元を明記していても無断転載に当たります。
著作権法に違反しますのでご注意ください。

2013/04/19 (Fri) 22:24 | 通りすがりJ #ykn2WFBY | URL | 編集 | 返信

Re: 物足りない記事  通りすがりJ 様へ


これまた批判記事を健常者の通りすがりJさんから貰いましたね。

私の考えは具体的ですよ。
読者さんから何時もしつこいと批判されましたので控えているだけです。

何故私如きが回復して社会で働いているのか不思議では有りませんか?
それは最悪の精神障害者だったからです。

一家離散の危機も何度となく潜り抜け、
此れではイカンと開き直って辛くても行動に移していったのです。

病状に流される事は辛いから当たり前ですよね。
でも不安や恐れからは何も生まれない。

人のせいにしても薬のせいにしても前進は出来ません。
どうせ辛いのだから動いて見て結果を分析してみよう。
失敗から学んで次は同じ失敗はしない様にしようと考えたのです。

誰だって叩かれれば精神だって強く成ります。逃げなければね。
この「目標に向かって行動する」には大変な精神力が必要と成ります。

軽躁時の衝動を残らず抑える自己コントロールも必要でしょう。
具体的にはこのコメント覧では表せません。
何故なら【闘病記B1病棟@】まで記事をさかのぼる必要があるからです。

社会的仮面は躁鬱どちらでも通用するように
「物静かで仕事が出来て紳士的な人物」の仮面をつけます。

しかしもう慣れちゃって無意識で被っていますよ。

茶道や華道、書道や躾は皆「形」から入ります。
理屈で病状は改善されません。

でしたら如何したら「形」を形成できるのでしょう?
やはり「素直な心」だと私は感じています。

これらを纏めて【体験的行動療法】と名付けています。

私の記事から更に具体性を加えたら「私だけの体験」で終わるんじゃ有りませんか?
もしも読者の方がご自分の中に落とし込みたいと思われるならば
「型」からは居られても良いし、【B1病棟@】から読破されても良いと思います。
勿論前向きなコメント大歓迎です。

人格は変える事が出来ますよ。
個人の心理面での徳性や行動の癖ですから
精神病患者さんなら尚の事、良い癖を付ける努力をすれば
結果的に広い心も育ち、目的意識を持って生活が出来ると思います。


医者でも無い、カウンセラーでも無い私に信憑性が無いと反論を受けるかも知れません。
しかし私が知っている回復過程、有るいは回復者の殆どが共通点を驚くほど多く持っています。




最後に化石化した精神療法の森田療法を【森田療法の実践】から引用致します。


まずは「症状中心」の生活から「目的中心」の生活へ

神経症になってしまうと、何かと症状を中心に行動してしまいます。しかし、それは症状の進行を助長させる行動でもあります。不安や症状を何とかしたい!という一心で、不安や症状を起こさないような行動をする。そして、どんどん行動範囲が狭くなってきて、がんじがらめにとらわれてしまう。これが神経症のカラクリです。

不安や症状というものは、本当に辛いものですよね。しかし、これは何をしようが、どう対策しようが、どうにもならないんです。「どうにもならないことを知る」のが森田療法なんですが、これがなかなか難しい。頭で理解するものではありません。体で理解するものです。とにかく何でもいいから行動を起こして、不安や症状にブチ当たり、それらがどうにもならないことを体で知ることが大切です。そこで出てくるのが「目的中心」の行動。「症状中心」の行動とは、不安や発作を起こさないために、あらゆる回避行動をとることです。乗り物に乗るのを避けたり、ちょっと不安だからと言って家に閉じこもったり。これらの消極的な行動は全て神経症の悪化につながります。神経症とはそんなものなんです。反対に、「目的中心」の行動とは、回避行動を一切とらず、不安があろうが発作が起きようが、何があろうが、それらを一切「無視」し、目的を達成するために突き進んでいくことです。この積極的な行動こそが、神経症という「悪循環」を断ち切るのです。言うのは簡単ですが、実践は非常に辛いものがあります。すさまじい予期不安、苦しい発作、不愉快な症状・・・。切りがありません。しかし、それらの自分にとって不都合なものたちは、何をやっても抑えることができません。特に、予期不安というものはものすごい力を持っています。「また発作が起きるかも知れない・・・」というものですが、正に100%当たる予言のごとし。そしてこの予期不安に負けてしまい、逃げてしまったりしてしまうんです。

しかし、この予期不安というものは、100%当たる予言ではありません。当たる根拠も何もない単なる気分なんです。単なる気分でありながら、行動を制限してしまうほどのすさまじい力を持っている。非常にやっかいです。

目的中心の行動では、この予期不安でさえも無視するのです。目的なんか何でも構いません。仕事に行く、学校に行く、用事があるなら電車に乗る、バスに乗る、掃除をする、洗濯をする、育児にはげむ・・・。このような日常的な行動以外でも、やりたいことがあれば、それが目的になります(欲望のままに生きる)。

煩悶即解脱

目的中心の行動をしていると、強い不安に見舞われたり、激しい発作に襲われることが少なからずあります。そのような事態に陥ってしまった時、つい「何とかしなければ」と回避行動をとりますが、この回避行動こそが神経症を悪化させると先にも書きました。不安や発作の真っ最中でも、回避行動をとってはいけません。回避しようとすればするほど、さらに強く不安や発作が襲ってきます。ではいったいどうするか? 何もしなくていいんです。不安や発作に襲われるがままでいていいんです。対処しないことが、唯一の対処法です。そして「ああ、もうどうにもならない・・・。もうダメだ・・・」と絶望し、全ての対処をやめた瞬間、それらの不安や発作から解放され、生き返ったような素晴らしい気分になります。これが煩悶即解脱です。

不安や発作に対して、ついつい何かと対処してしまいがちですが、半端な対処は悪循環を悪化させるだけで、何もいいことはありません。とにかく、何も対処しなくていいんです。それは対処法がないからです。対処法がないことを(体で)知る。そして一切の対処をしない。これこそが、不安や発作を急速に終息させる唯一の対処法なんです。

はからいを捨てる

「はからい」とは、不安や発作を抑えるための(実際はほとんど抑えられない)、日常生活では不必要な行動のことです。例えば、一人で車を運転しているのは不安だから、その不安を紛らわすために、前を走っている車のナンバーの数字を足したり引いたりして計算する。意味もないおまじないをブツブツ言う。仕事中に携帯テレビゲームで気を紛らわす。等々。どう考えても、不自然で不必要な行動ですよね。これらの行動は全て、「不安や発作をどうにかするための」ものです。「不安のための」、「発作を抑えるための」行動というものは、実行すればするほど、余計に不安や発作に対する執着心を高め、結果として悪化につながります。このような無駄な行動、「はからい」は全て捨て去ってしまうのが一番いいんです。

外側から正す

「神経症が治ってからやるべきことをやろう」というのは、「泳ぎ方を頭で理解してから泳ごう」ということと同じであって、全くもって滑稽なことです。頭で泳ぎ方を理解したから水につからずしてすでに泳げるなんて人はいません。まずはみんなおそるおそる水につかり、少しずつ慣れていって、泳げるようになるものです。外側(行動)から入っていくものですよね。神経症治療でも同じです。まず生活や行動を正すことが大切です。外側を正すことによって、内側(心)も正される。外側を正さない限り、内側は正されないのです。理想は内側を正したら外側も正されるですが、そんなことは無理です。内側を正すということは、後に書きますが「直接的に治す」ということです。直接的に治そうとしても、神経症は治りません。外側から正していくのが大切なんです。

全てを受け入れる

対処をしないということは、今起きている不安や発作を回避せず、その存在を認めているということになります。人間という生き物は、自分にとって都合のよいことはすぐに受け入れますが、不都合なことはどうにかして避けたいと考えます。これはごく当たり前のことであって、誰でもそうであるはずです。特に神経症者は、自分にとって非常に不都合な不安や発作を極度に嫌い、回避しようとします。何度も書きますが、回避行動は神経症を悪化させるだけで百害あって一利なし。10日後の1万円より今日の10円という感じですね。その場凌ぎに過ぎません。ですから、神経症を完治させるには、その「自分にとって非常に不都合なもの」さえも受け入れる必要があります。というか、受け入れるしかないんです。回避しようとせず、そのまま受け入れることのほうが、実は非常にラクなことであり、神経症を治す上でとても大切なことなんです。これは別ページの「1+0=1」という話につながりますので、今一度読んでみてください。回避すればするほど、ひどくなっていくのは今まででもうずいぶんと体験したんじゃありませんか? ここでちょろっと心を入れ替えて、全てを受け入れてみてください。ラクチン、安心はもちろん、不安や発作もです。実際に受け入れてみると、回避するよりも全然ラクなことが分かるはずです。

「建設的」に生きる

「建設的に」とは、気分や感情などの心理状態を一切無視し、そのままにしておいて、今やるべきことをやる、ということです。神経症者は、不安や発作などの神経症状をどうにかするためにすごいパワーを発揮しますが、「どうにかするためにパワーを発揮する」のが間違いなんです。パワーを発揮する矛先が間違っています。その「ものすごいパワー」を建設的に生きる方向に向けてみてください。そして、それをしばらく続けてみてください。そうすることによって、「神経症」という悪循環から離れられるようになり、結果的に悪循環を断ち切り、治癒へとつながるんです。

「人間」を目指そう

一般的な神経症者は、ごく当たり前である不安や体調不良でさえも、「あってはならないもの」として回避・排除しようとします。では、回避・排除できたらどうなってしまうのでしょうか? 結果は「ロボット」です。ロボットは不安も体調不良もありません。正に100%。人間は誰でも100%を目指しますが、デジタルなロボットやコンピューターとは違い、人間はアナログです。100%はありえません。その、ありえない100%を目指してしまうのが、神経症の特徴です。100%を目指し続けている限り、神経症は治りません。「100%は無理だ」と分かった瞬間、神経症から解放されます。100%ではないのが人間なんです。それでも、あなたは100%を目指しますか? ロボットになりたいですか?

消極的な行動は全て禁止

神経症における消極的な行動とは、症状などの愚痴を言う、泣き言を言う、必要もないのに症状の解説をする、逃げる、逃げ場を用意しておく、発作が起きた時の準備をする、などです。これらの行動は神経症の悪化につながり、それこそこれらの行動を続けていると、まず治りません。「厳しい!」と思われることでしょう。でも考えてみてください。神経症になる前、あなたはこれらの消極的な行動をとっていましたか? ほとんどの人が、「以前は今と比べられないくらい元気で活動的だった」と言います。それほど活動的だった人が、これらの消極的な行動をとっていたでしょうか? これらの行動は、全て「症状のための行動」。先に「はからいを捨てる」でも書きましたが、「不安、発作のための」行動は、何の意味もなく、やっていても良いことは全くありません。これらの消極的な行動とは反対の、「積極的な行動」をとることが、神経症の治癒につながっていくんです。

そして「直接的に神経症を治す行動」はやめる

神経症とは心のカラクリであり、とらわれという悪循環に陥っている状態です。器質的(科学的)な病気ではありません。直接的な治療では治らないんです。直接的な治療は、回避行動や、はからいと同じで、その場凌ぎに過ぎません。だから治らないんです。まずは、不都合ではあるけれども、間接的に、外側から正していくようにしていきましょう。間接的に、と聞くと遠回りのような感じがしますが、直接的よりも何倍も近道なんですよ。


2013/04/19 (Fri) 15:37 | 風 蘭 #- | URL | 編集 | 返信

物足りない記事

今のお仕事についてからもう三年も経っていらっしゃるのですね。
この三年風蘭さんが精神的安定を求め、努力をなさってきたことを反映する結果ですね。

今回の記事もなかなか興味深いものです。
人格変化、仮面を被るという表現は耳慣れないと申しましょうか、
オーバーと申しましょうか・・・
でも、おっしゃりたいことは伝わります。
わたしたちは誰に対しても常に同じ態度で接しているわけではありません。
恋人には甘えるけど、会社では頼りになる人である、というようなことはよくあります。
人は場面や状況によって異なる自分を演出する
(意識的・無意識は問わず)方が一般的なのかもしれません。
personの由来がギリシャ語のペルソナであることは有名ですしね。

しかし、「~精神療法として取り入れられたら良いと考えます」
「各々ご自分に合ったやり方で経験をリアルに積んで頂きたい」
には少々を落胆を禁じえませんでした。
あなたのおっしゃる通り、こういったことは個人差があり、方法は一つではありまs年。
しかし、読者が知りたいのはどのようにしたら風蘭さんが仰る人格変化や自己コントロールができるかという具体的な方法です。

いつもそうですが、風蘭さんの記事は概論ばかりで具体性に欠けます。
仕事での自分を演じ分けた、それは何度も記事でお目にかかっていますが
実際、どのような自分を演じ、相手の反応がどうだったのか、
結果どういうことに気付いたのかという具体例がなさすぎます。
これでは読者が参考にしようにも参考にできません。
興味のある記事だと感じてもそれ以上自分の中に落とし込めないのです。

また、人格を変える、という表現はあまりよい印象を受けません。
風蘭さんの提唱する方法、言い方だと認知や行動を修正するという印象を受けます。

2013/04/19 (Fri) 13:53 | 通りすがりJ #ykn2WFBY | URL | 編集 | 返信

riko 様へ


ほんと、毎日が精一杯です。
明日の事も一年後の事も
玲子とビールを呑んだら綺麗さっぱり忘れます。

安定な生活なんて期待できない私達夫婦は
先の事の心配より明日のビールまでの事を考えます。

riko さんもお疲れモードみたい。

たまには私も癒される記事でも綴れれば良いのに。

riko さんには何時も癒されっぱなしですものね。。。

ポチ有難う!



2013/04/18 (Thu) 20:34 | 風 蘭 #- | URL | 編集 | 返信

NoTitle

一日一か月、早いですね

本当に24時間あるのかと思うくらい

あまり無理せずに・・・

ポチ

2013/04/18 (Thu) 18:54 | riko #- | URL | 編集 | 返信

あおぶうとん 様へ


何かに感謝する気持ちや祈る心は正の心のベクトルです。
見返りを求めない心の働きはご自分も関る人も変えてしまいます。

その土台が無いままに障害者の方はいくら薬を処方されても寛解出来ません。
精神の病は精神の土台が一番大切だと言うのが持論です。

原点回帰して発病前のご自身の心の成長を確かめて見られて下さい。
きっと辛い病で苦しくて堪らないとは思いますが、
あおぶうとん さんなら今のご自身の方が成長していると実感が持てると思います。

これも回復過程に居られる証だと思います。
私はあおぶうとん をはじめ、精神疾患を患って外へも出られない方の代わりに
よく現実の世界と、たまに綺麗な風景を記事に載せます。

写真が大きく見れる様にテンプレートまで弄っています。
少しでも気休めに成れば良いのですが、
文章に毒が有ってイライラされる方も多くて困惑しています。(笑)

辛い時は辛い成りに全ては経験ですし、勉強です。
こんな毒だらけのブログに何時もコメントを下さり
感謝して居ります、ベッピンさんのあおぶうとん さん。。。

2013/04/18 (Thu) 15:54 | 風 蘭 #- | URL | 編集 | 返信

NoTitle

日々なにかに感謝する気持ちをもったり、少しずつでも人は変わっていけますね(^^)

どうしても病気だと家にこもりがちで、小さい世界に入ってしまいます。
その世界から少しずつでも視野を広げていく大切さを最近感じます。



2013/04/18 (Thu) 12:41 | あおぶうとん #- | URL | 編集 | 返信

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