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「羊の皮の下で」 プロローグ

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 此処は松江警察署の留置場である。
運動場の光景からのプロローグとして、この物語を始める。


少し肩幅より広い、二か所の赤いペイントに両足を置く.。
そして、レオナルド・ダ・ヴィンチの体図の様に、両腕をゆっくりと水平に広げる。
口を大きく開いて、咽の奥から舌の裏まで覗き込んでくる。
襟元からジャージの腰の部分、そしてトランクスの縫い目、 足元の折り返しまでを丁寧にボディータッチされる。
その後を追うように、黒い棒状の金属探知機が、頭の上から足の先までの178cmをなぞってゆく。 
最後にゴム製の如何にも安そうなスリッパを脱いで、片足ずつ上げて金属探知を受ける。

「金探よし!」

監視官の後を追って、薄暗い廊下を歩いてゆく。
左手に入浴中の札が掛けられたドアが見える。
その隣には取り調べ室のドアがあり、突き当りを右へ進むと女性たちの部屋が有る。
また、左手に幾つかの面会室のドアがあり、そこを通り過ぎながら右に真っすぐ歩いてゆく。
その先を左に曲がるとエレベーターホールがあるが、そこは直進する。
薄暗い一本道の向こう側から、暗闇から抜け出したトンネルの様に太陽光が差し込んでいる。
逆光のシルエットに浮かぶ人影は、まるで大鎌を持った死神の様だ。
此の異空間は迷宮を抜けてきたパワースポットの様だと思う。
風は夏の匂いがする。
そよそよと吹いていて、亜熱帯植物園の様な湿度を感じる。
8m四方のすべり止め加工したタイルは、雨の雫に濡れて光っている。
熱帯低気圧から成長した台風5号が通過した影響だと、今朝読んだ新聞から推測した。
その空間は、横幅は縦横15mのタイルが敷き詰められている。

上に目をやると、20m先の天井には金網が張ってあり、その向こうに重そうな雲が速いスピードで流れいる。
シダや苔が四隅に寄生し、ポトスの葉が長く垂れ下がり、熱帯の密林の様だと思った。
そして、宇宙貨物船の中のエイリアンが、天井から飛び降りて来て、今にも襲い掛かかって来そうな錯覚に担われた。

ラジオ体操第二がトランジスター・ラジオから流れて来る。
時々そのピアノの音階に合わせて手足を動かす。
しかし、ほとんどの運動はストレッチが中心で、老人ホームのデイケアの様な仕草で、ゆっくりと筋肉を解してゆく。
片方ずつ壁のタイルの段差に脚を乗せて、太ももの筋を伸ばす。 そして、大きなフラミンゴの様にゆっくりとした動作で前蹴りを繰り返す。
ピッチャーマウンドのセットアップで、一本背負いの様に振りかぶって右手を振り降ろす。
右腕の毛細血管が幾つか破裂したようだ。
シャッド・ウボクシングを終えて、一通りの運動を済ませた時、光の柱が私を捉えた。
上空を見上げると、雲の隙間から幾つもの光の柱が降り注ぎ、世紀末の天使たちが舞い降りて来るような光景だと思った。
空は良い。
こんな同じ空の下で、誰でも人は人として生きて行くんだ。

「102番。そろそろ戻るぞ。」

そして再び迷宮のラビリンスへ向かって、暗闇の中へ戻って行った。

松江警察署は宍道湖の湖畔に隣接しており、私が安来留置場から回された時には、夕暮れだった。
ひときわ大きなビルが夕日に照らされて、オレンジ色の印影を持って美しく迎えられた。
玄関付近で如何にも上司らしい男が部下を従え、凛として立っている。
小柄な男で、メガネの底から見入るその瞳には知性的な輝きがあり、エリートの公務員である事が解る。

「安来署では随分と暴れたようだな。しかし覚えておきなさい。此処では許さない。」

その男の身長は168㎝体重65kgと言う処だろう。
私は好感を持ち、十分な好奇心も持った。

「私には精神病の持病があり、処方薬が必要です。」
「処方薬は主治医の佐々木医院の院長から出して貰っています。」
「それと、日中でも布団を敷いて、寝ていたいのですが。。。」

少し考える仕草を見せた後、村田課長は表情を変えずに言った。

「それは考えておこう。布団の件は駄目だ。」
「此処ではお前は、102番以上の何者でもない。」

「お解りか、102番。」

「悪くない。良い数字です。」

エレベーターで三階に上り、身体検査の後に5号室に案内された。
そして、いきなりサンダルをキチンと揃えて上がるように注意される。

「102番、サンダルを揃えなさい。」

「どうも、すいません。」

要注意人物として回された私には、監視官の反応は当然だと納得する。

留置場は原則二人用で、前面の格子の下半分はプライバシーの為に白いアクリル板が取り付けられている。
当然、私の個室の5号室にはカバーが外されている。
1号室から7号室まであり、どこも綺麗にサンダルが揃えてある。

どの容疑者も、この班の班長の管理下に置かれている。
身長171cm体重73kgくらいだろう。
班長は如何にも警察官らしい、武道家の様な堅物な男に見える。 そして此れでもかと、威圧的に命令してくる。

そのほかに保護室もあるらしいが、手に負えない連中を隔離させる事が目的の場所だ。

私の個室は、三畳の青畳の奥に小さな板場りがあり、右側に内向きのトイレのドアがある。
どうゆう訳か、そのドアの上半分が斜めに切り取られている。

トイレは一段上がった和式トイレで、左側面には四角い手洗い用の穴が開いている。
そして右手には強化ガラスで出来た小さな窓がある。
当然、手拭きのタオルなど置いている訳も無く、自然乾燥の為の、手首の運動は欠かせない。
トイレットペーパーは、その都度、監視官に頼んで貰わなければ成らない。
正面の頑丈そうな白い鉄制のドアは、格子が縦横縦横無尽に張り巡らされている。

部屋の後ろ側は、監視官の通り道に成っており、死角はない。

食事などの取入れ用の扉は、外向きに90度開き、それを台にしてノートや新聞、弁当などが差し入れられる。

壁と天井は一面にクリーム色に塗られている。

二人部屋は四畳半で、各々が布団を敷いた時に、かなり接近する事になる。
此れが囚人のストレスにもなっている様だ。

此れが留置場での時間割りである。
6:30 起床~6:45までに布団を既定の置き場に直す。  
       青の雑巾で畳を拭き、白の雑巾でトイレを拭き上げる。
7:00 朝食 朝から豪華なサバ弁当だ。
     朝昼晩と弁当だが、どれも豪華で栄養バランスも申し分ない。  
7:30 歯磨き洗顔。 
8:00 希望者に限り、迷宮のラビリンスにてラジオ体操。
9:00 月曜と木曜日は風呂の日だ。
     一般家庭用のユニットバスでゆっくりと一人で入浴できる。
12:00 昼食
16:30 雑誌、ノート類の回収。
17:00 夕食。
17:30~18:00 歯磨き、洗顔。
21:00 消灯となる。

私の様に、他の留置場でトラブルを起こしたブラックリストには、厳重な監視が着くようだ。

荷物や私物は、安来警察署から全て松江警察署へ渡されている。

未だ刑が確定していない容疑者ばかりなので、かなり人権は守られている。
いや、それどころか三食昼寝付きのビジネスホテルをタダで寝泊まりしているような待遇だ。

基本的に検事からの調書の取り調べの為に留置されているだけで、容疑が晴れれば直ぐに釈放される。

突然、威圧的な班長が点呼をしだした。

「18名居室、面会1名、鑑識6名、異常なし!」

一際大きな、とても早口で班長が号令をかけた。
悪くない。非常にきびきびと仕事を熟している。

留置場規則 ・監視官の指示に従って、行動すること。 
・騒いだり、暴れたり、大声を出したりしてはならない。
・自殺行為や他人を傷つけては成らない。
・自殺行為をしては成らない。
・部屋を清潔に保たねばならない。
・監視官に不明な事は問いかけ、他の留置人に話しかけては成らない。

以上、監視官の指示に従い、速やかに行動する事。

私は留置場の住人を観察するのが日課に成っている。
観察力には自信が有る。
特に人間ウォッチング。

お隣の住人の98番は髭の男だ。
172cm 70kg 33歳独身 20年来の精神障害者。
何時も虚ろな瞳で鬱病を発症している。

96番は175cm 61kg どことなく私に似ている。
色黒で腕時計の日焼けの跡が残っている。
歯磨きと洗顔の時に隣り合わせになるので、声を掛けた事が有る。

「生きていれば何とかなりますよ。」

驚いたように私を見つめ、何かを呟いたが聞き取れなかった。
直ぐに監視官から話をしない様に注意された。
しかし、心通じた事だけは解った。

55番はブラジル人で日本語が話せない。
何時も通訳を介して監視官と遣り取りをしている。
182cm 79kgの大柄な男だ。
髪の毛は天然で短くカットされている。
共犯者がいて、拘留を8月29日までに延ばされた。

105番は山口系の暴力団。両腕に入れ墨が有る。
169cm 58kg 53歳。
私の鼻歌に激怒する。

「出所したら殺してやる。」

と怒鳴られた。
その後監視官から一番隅の7号室に移された。

79番はお爺さんだ。
153cm 53kg 80歳。
ヨチヨチ歩きで、見るからのアルツハイマー病患者だ。

101番はチンピラだろう。
167cm 68kg 31歳。
両足から覗く入れ墨が見事だ。
これからも突っ張って生きて行くのだろうか。

なんて愉快な留置場なんだろう。
基本的人権は尊重され、豪華な弁当を朝から頂ける。

生活するのに申し分が無い。
しかも私だけが特別室の個室でストレスさへ感じない。

鉄格子越しの風景は、此処が留置場だと理解させるに十分な非日常を感じる。

大きな机の上には、原子力発電所の様な機器がある。

トランシーバーの様な電話機は管内専用だと思う。
基盤には各部屋の照明、トイレの制御、保護室の監視モニターが三台、みな規則正しく配置されている。

その左手には各部屋ごとのロッカーが有り、小物の石鹸などを入れてある。

右手には二人用の洗面台が有り、洗面所には小さな鏡が二つ設置されている。

一列に並び、歯ブラシやタオルなどをロッカーから出して、久しぶりに鏡に映った自分の顔をまじまじと見た。
そこには精神病患者が持つ、一種独特な瞳の濁りなど微塵もなく、知的な輝きがある。
年齢は何時も10歳は若く見られる。
喜怒哀楽を顔に表さないので、皺が少ない。
彫が深く、何時も国籍が解らないと言われている。
いかなる状況でも、生を楽しむ事が出来る。
好奇心旺盛なジェントルマンだと思うが、激しい生きざまがある。

過酷な状況で有れば有るほど、何時でも好奇心が溢れてくる。

もう、物事は急スピードで転がりだしていて、私の覚醒した脳は止まることを許さない。

一段と脳細胞は活性化し、張り巡らせた無数のニューロンは興奮し続ける。

IQは跳ね上がり、あらゆる現実もシナリオ道理に進めたがる。

幾つもの理想をプロッターに描き、可能な限りの現実と照らし合わせる。

過酷で残酷な世界ほど、美しい物はないと確信している。


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