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十九の命 障害者殺傷事から一年

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2016年(平成28年)7月26日未明、神奈川県相模原市緑区にある知的障害者施設、
「津久井やまゆり園」で入所者など46人が次々に刃物で刺された殺傷事件。
入所者19人が死亡、職員3人を含む27人が重軽傷を負った。
殺人事件の犠牲者数としては、戦後最悪とされる。
事件の動機について、逮捕された元職員は「障害者はいなくなればいい」などと、
障害者の存在そのものを否定する供述をした。
「19のいのち」をたどって
今回の事件で、警察は犠牲になった19人の方々のお名前を公表していません。
19人おひとりおひとりに、豊かな個性があり、
決して奪われてはならない大切な日常があったはずですが、
私たちはこれまで十分にお伝えすることができずにきたと思っています。
そして、過去に例をみない凶悪な犯罪の衝撃は、事件から時がたつにつれて
社会から薄れていっているように感じています。

私たちは、失われた命の重さを伝え、その痛みを少しでも想像し、
みんなで受け止めていくことで、
再び悲劇を生まない社会を作っていきたいと考えています。
19人の方々を知る人たちが語ってくださった思い出のかけらを集めて、
確かに生きてきた「19のいのち」の証しを、
少しずつここに刻んでいきたいと思っています。



お亡くなりになられた19人の方々



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19歳の女性

短期で施設を利用していたころから、かわいらしい笑顔で人気者でした。





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40歳の女性
あなたの笑顔に会いたくて、ホームを訪れる人もいました。毎日の食事をおいしそうに食べ、お散歩やドライブ、ひとつひとつを楽しみながら過ごしていました。





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26歳の女性
パンが大好きな方でした。大きな瞳をくるくるさせている表情が、とても心に残っています。不思議な魅力があり、支援者からはとても人気がありました。彼女が亡くなったと人づてに聞き、絶句して涙を流すスタッフもいました。




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70歳の女性
お兄さんのことが大好きで、「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と慕っていたようで、いつもお兄さんが施設に来るのを心待ちにしていました。お兄さんが来るとよく手をつないで2人で散歩をしていた姿が非常に印象に残っています。私たちにも「お兄ちゃんのことを話してよ」ってせがんできたように感じて、話をしてあげると、すごく喜んでニコニコと笑顔を見せてくれました。歌が好きで、お兄さんが教えてくれた歌をよく口ずさんでいるようでした。いろいろなことに挑戦する一面もあって、私たちを驚かせてくれました。みんなで遠足に行った遊園地では、いろいろな乗り物に挑戦していました。水族館もお気に入りで、水槽の前で泳ぐ魚の姿をじっと見つめ、離れようとしなかった姿が思い出として心に残っています。




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60歳の女性

元施設職員(女性・70代)
ぬいぐるみが好きで、部屋にはたくさんのぬいぐるみがありました。特にパンダのぬいぐるみがお気に入りのようでした。本当に穏やかな人で、話すことはあまりできませんでしたが、目をじっと見つめてきて、そうすることで自分の思いを伝えようとしていました。うれしいときは体を左右に揺すって、にっこり笑う姿が印象的でした。人に迷惑をかけることもなく、本当に“天使のような女性”でした。私たちが声をかけた時に見せてくれる、ほほえんだ顔が大好きでした。なぜ、あんなにいい人を無残にも手にかけたのか、絶対に許せません。
施設関係者

どんな困難にも負けない強い人でした。重い病気になったときも、家族の励ましに応えるようにしていた姿が思い出されます。






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65歳の女性

いつも笑顔で仲間の中心にいる方でした。ご家族と一緒に外出したとき、とても嬉しそうにしていたことを覚えています。







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46歳の女性

お話し好きで、薄いピンクのパンツに、黄色いリュック姿が印象的でした。






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65歳の女性

元施設職員(女性・70代)
お話し好きで、人なつっこくて、よく職員の会話に入ってきました。中山美穂さんや工藤静香さんなどアイドルに興味があって、テレビを見たり、雑誌を見たりしていました。持病を抱え、つらい時もあったろうにすごく努力していました。ちゃめっ気があって本当にかわいい人でした。

施設関係者(男性)
おしゃべりと人が大好きな、にぎやかな人でした。彼女なりの理由があると思うのですが、集団でいると急に「怒るよー!」「何やってんのー!」と強めの言い回しで周囲を「えっ、なに?」と驚かせます。と思いきや、一瞬、間をおいて「……ごめんねーっ!」と言ったりで、その間の良さ、見事な緊張と緩和に吹き出してしまいました。
薄いピンク色が好きで、外出の訓練で一緒にカラオケに行ったときも薄ピンクのパンツに黄色いリュックを背負っていた姿が印象的でした。あんなふうに命を奪われるいわれは何一つない、楽しい人でした。





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35歳の女性

ご家族
コーヒーが大好きで、朝起きたらカップ1杯飲んでいました。みかんやいちごも好きでした。足をたたいてくるのが抱っこをせがむ合図でした。膝に乗せて、抱きしめると喜んでいました。いくつになっても甘えん坊でした。
4年ほど前に母親ががんで亡くなりました。身の回りのことは助けが必要でしたが、父親も仕事があったため、やむなく施設に入所してもらうことになりました。職員に本当によくしてもらったと思います。ただ家にいるほうが好きだったんだと思います。面会に行くと怒っているような表情を浮かべていて、心苦しい気持ちがありました。お土産にぬいぐるみを持っていくと、抱きかかえたり振り回したりして喜ぶので、ベッドの周りが全部ぬいぐるみになっていました。近くの相模湖や宮ヶ瀬ダムに行き、車いすに乗せていっしょに水辺を散歩して過ごしました。施設に戻って「じゃあね」と言うと、「え、帰っちゃうの」という表情をしていました。
棺の中には、好きだった「となりのトトロ」の絵本を入れました。今も毎朝、コーヒーを供えて手を合わせています。ふとした時に、一緒にお風呂に入ったり、テレビを見たりしていた日常を思い出します。
いま思うことは、「ごめんね」というおわびの気持ちだけです。犯人への憎しみよりも、施設に預けた方が悪いという気持ちが強いのです。容疑者の「障害者は不幸を作る」という言葉には憤りを感じ、違うという気持ちは当然あります。でも社会の中にはそう考える人はいるし、それ以上に優しい人もいます。社会を変えなくてはと思うより、社会はそうしたものだと受け止めています。最近は家族の間で彼女のことを話題にもしないようにしています。つらくなるからかもしれません。静かに過ごしたいため、このまま名前を公表せずにいることを望んでいます。
施設関係者

フルーツとコーヒーが大好きな方でした。施設で暮らすようになってからも、ご家族から受けた愛情に包まれながら笑顔で過ごしていました。





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55歳の女性
いつもニコニコしている、穏やかで純粋な方でした。施設の周りに散歩に行くと、道ばたの草や葉を手に取って、その草を自分の目の高さにあげて、じっと見つめながらくるくると回して喜んでいました。私たちはその姿を見るのが大好きで、和やかな気持ちにさせてくれました。




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41歳の男性

短期で施設を利用していた方でした。作業のときもふだんから、ホームの仲間たちを優しく見守ってくれていました。





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43歳の男性
野球が好きな人でした。男性のタンスにはたくさんの野球のユニホームが入っていたのを覚えています。箸を使って食事もできるし、1人で風呂に入って体も洗えるし、しっかりと自立していつもニコニコしていた人でした。





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66歳の男性

元施設職員(男性・70代)
とにかくラジオが大好きで、小さな携帯用のトランジスタラジオをいつも手に持ったり、ポケットに入れたりして持ち歩いていました。音を楽しそうに聴いていたのを覚えています。家族が面会の時に新しいラジオを持ってくると、とてもうれしそうに新しいラジオをいじっていました。
言葉が不自由な面もありましたが、日常生活にはほとんど支障がなくて、時々、おちゃめないたずらをする姿を見ていると、ほっとして癒やされるような気持ちになりました。何かというとちょっと声をかけたくなる存在でした。そんな無抵抗の彼を襲った行為は、絶対に許すことはできません。
元施設職員(男性・70代)
ラジオにこだわりがあって、365日、散歩に行くときも、寝るときも風呂にいくときも肌身離さずに持っていました。だから壊れたり電池が切れたりすると大騒ぎしていたことが懐かしいです。とにかく明るい人で、いつもニコニコしていてみんなに好かれていました。亡くなったと聞いて、「なぜなのだ」と強い憤りを感じました。いまも信じられません。
元施設職員(男性・30代)
ラジオが好きで、いつもラジオを持ち歩いていました。どこかに遠出する時は、行った先でラジオを買うのを最も楽しみにしていました。ラジオだけではなく、ボタンを押したら光る機械も好きでした。男性との思い出で最も印象に残っているのは、夜勤で泊まっていた時、ホームの中から「ひー、ひー」といった音が聞こえてきて、恐る恐る部屋の中をのぞくと、当時流行していた、押せば「へぇ~」と鳴るボタンを連打して遊んでいました。こちらはすごく怖い思いをしていたのに男性はニコニコしていて、拍子抜けしたことを鮮明に覚えています。そんなおちゃめなところがある人で、いまでも当時の同僚たちと集まれば、このときのことが話題になり、皆で男性のことを思い出しています。

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66歳の男性

元施設職員(男性・30代)
音や香りにとても敏感な方でした。とにかく散歩して外の空気を吸うのが好きだったと覚えています。ラベンダーやミントなどのにおいがするアロマオイルもお気に入りで、香りを嗅いでうれしそうにしていました。そんな穏やかな日々を過ごしていた方でした。

元施設職員(男性・70代)

本当に家族に大切に育てられていて、優しい人でした。メンソールの香りが好きで、鼻の下にちょっぴりつけてあげるとご機嫌になったことを覚えています。とにかくご家族のことが大好きで、ご家族も彼のことを大切にしていて、毎月必ず面会に来られていました。面会の時はもう大喜びでドライブに出かけたりしていました。


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55歳の男性

ご家族
20年ほど前に津久井やまゆり園に入所しました。両親は幼い頃から、障害のあるなしにかかわらず、他の兄弟と分け隔てなく育てていました。とても愛情を持っていて、叱るときは叱り、褒めるときはたくさん褒めていました。本人も両親のことが大好きで、園に面会にいくと本当にうれしそうにしていました。かわいらしいところがある人でした。
一方で、障害があることはごく親しい人以外には伝えていませんでした。「差別を受けるから」と言うことでした。
今回の事件では、体の傷があまりにひどく、棺の中の顔だけをみてお別れをしました。今も事件の衝撃を受け止めきれずにいます。あんなふうに殺される人は19人で止めなくてはいけない、20人目は絶対に出してはいけないとも思っています。そのためにも、いつか名前を出して伝えたほうがいいという気持ちもあります。ですが、名前を出せば何か差別を受けるのではないか、誰かが家に押しかけてくるのではないかと、社会の反応が怖く、今はまだそういう心境にはなれないのが現状です。
元施設職員(男性・30代)
感情表現が豊かな人でした。介護士になって初めて担当させていただいたので右も左もわからない中、いろいろと勉強させてもらいました。
男性には片足がつま先立ちになってしまう症状があり、なかなか散歩に出られないのが悩みでした。何とかしたいと思い、靴メーカーに勤める知人に頼んで、バランスが保ちやすいよう靴のゴム底を足の甲の部分まで取り付けた特別なスニーカーを作ってもらってプレゼントしました。その後、歩くのが楽しくなったようで、よく散歩に出かけられるようになった姿を見て、担当職員としてうれしかったことを思い出します。
散歩では、施設から少し離れたところにある100円で缶コーヒーが買える自動販売機まで行くのが楽しみでした。甘いのが大好きで、園に持ち帰って専用のコップに入れて飲んでもらっていました。
事件は風化してしまうかもしれませんが、自分は男性のことを絶対に忘れないし、絶対に忘れない人間がいることをご家族の方々にもお伝えしたいです。

元施設職員(男性・50代)
部屋に貼ってある家族や行事の写真などを指差しながら、楽しそうにいろいろと話してくれたのを覚えています。言葉は少し聞き取りにくいのですが、ゆっくり聞いていると訴えたいことが聞こえてくる感じで、何を言いたいのかだいたいわかりました。それを元に「こういうことですか」と聞き返すと「うん」と返事をしてくれました。ふだんはリビングで職員の動きをじっと見ていることが多かったのですが、家族が来たり職員が出勤したりすると、いちもくさんに玄関に迎えに行って喜んでいました。玄関に貼ってあった早番とか夜勤とか職員の勤務体制を知らせるマグネット付きの写真を指さしながら、「きょうはこの職員が来るよ」と教えてくれることもありました。気持ちが上手く伝わらなかったり、言いたいことがうまく表現できなかったりすると、涙をボロボロ流すなど、感情表現が豊かで優しい方だったので、利用者の仲間にも好かれていました。

元施設職員(男性・70代)
歩きにくさを抱えていましたが、当時は日常生活に支障はほとんどありませんでした。おとなしい方で、ホームでは静かに全体の様子を眺めていることが多かったです。遠足に参加した時には、バスの中でうれしそうにはしゃいでいたことを思い出します。


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65歳の男性

元施設職員(男性・50代)
すごく温厚な性格の方でした。ふだんの生活では、ほとんど自立して生活していました。テレビが好きで、特に歌番組をほかの利用者と一緒によく見ていました。音にとても敏感で、盆踊りなどの行事で音楽が流れたりすると、すぐに音の方に走って行ったりすることもありました。動物も好きで、部屋に動物のぬいぐるみを置いていたのを覚えています。おちゃめなところがあり、出勤してくる職員を小走りに玄関まで迎えに行っていました。いつも散歩の時には声をあげてはしゃいでいました。職員、利用者問わず、誰とでも仲が良く好かれる方でした。
元施設職員
言葉は思うように話せませんでしたが、本当に活動的な方で、よく食事のあとの掃除や食器の片付けなどを自発的に手伝ってくれました。仲間思いで他の利用者が困っているとすぐに職員を呼びに来てくれて、すごく助かりました。「ありがとうね」と言うと、無言でスタスタ去って行くのですが、その姿が印象深かったです。





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49歳の男性

元施設職員(男性・70代)
10年以上担当させてもらいました。すごく元気が良くて、散歩で外を歩くのが好きでしたね。散歩の時に少し足が遅い人と手をつないで引っ張っていってくれました。
少し手がかかるところもありましたが憎めない人でした。悪いことをした時には叱ることもありましたが、信頼関係が築けていたので、自分で悪いことをしたなと思った時には必ず報告にきてくれたことが懐かしく思い出されます。
囲碁が好きで、日曜日の囲碁の番組を見ながら、いろいろと囲碁のことを話していたことをよく覚えています。ご両親は「子どもの頃から囲碁が好きだった」と言っていました。囲碁の月刊誌を買ってあげたらとても喜んで、よくベッドの上で雑誌を広げて「お前がこうなら俺はこうだ」などと、夢中になって囲碁の手を考えていました。「先生は囲碁は知らないんだよ、残念ながら」って言ったら、「今度、僕が教えてやるよ」なんて話をしたこともありました。天国で、楽しく本物の囲碁をやってこいよって伝えたいです。
元施設職員(男性・50代)
囲碁や将棋がすごく好きで、毎週日曜日になると囲碁や将棋の番組をみていました。眉間にしわをよせて、じーっと真剣に見ていたのを覚えています。どういう手を打てばいいか自分なりに勉強しているようでした。将棋の相手をしたことがあるのですが、なかなかの腕前でした。ルールもちゃんと頭に入っていたので、お父さんから教わったのかもしれませんね。普段はにぎやかなのですが、そういう時はすごく集中して静かでした。
電車も好きで、「ドアが閉まります。ドアが閉まります。ご注意下さい」と大きな声で言いながら廊下を何往復もして楽しんでいました。彼がそれをやると、他の利用者はみんな道をあけていて、その真ん中をうれしそうに歩いていましたね。とにかく元気な方で目立つ存在でした。あんなに元気な方だったのに、何でこんなことになってしまったのか、本当に悲しいです。
元施設職員(女性・70代)

囲碁が大好きで、日曜日の囲碁のテレビの時間になると必ず自分の部屋に戻って、かじりつくように放送を見ていました。買い物を体験する訓練で行ったデパートでは、プラモデルを買って自分で作ってもいました。精神的に落ち着かない時に手がかかる時もありましたが、ふだんは人なつっこく甘えてくる憎めない人でした。お父さんからとても大切にされていて、施設の運動会では一緒にご飯を食べたり、競技に参加したりと仲良しでした。





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67歳の男性

元施設職員(男性・70代)
10年以上担当させてもらいました。私をすごく慕ってくれて、シーツ交換や掃除などの仕事をよく手伝ってくれました。シーツは部屋の外にまとめて出してくれるなど丁寧な仕事ぶりですごく助けられました。草むしりや畑仕事もよくやってくれていて、以前、園で飼っていたヤギやニワトリの世話もしてくれました。いろいろと教わったり教えたり、今思えばいい相棒でした。
演歌が好きで、北島三郎さんのテープを100本近く持っていて、夜はいつもヘッドホンでテープを聴いていました。そのまま寝てしまうことも多く、夜の巡回の時にヘッドホンを外してあげたことを思い出します。一番思い出に残っているのは、横浜市のホールで行われた北島三郎さんのコンサートに2人で行ったことです。社会勉強のために電車を使って行き、切符も自分で買うことができました。会場で同じ湯飲みを2つ買うのでどうしてだろうと思ってみていると、そのうちの1つを「これはね、先生に記念にあげる」と言ってプレゼントしてくれて、本当にうれしかったです。その湯飲みを仲間にもうれしそうに自慢していました。私も、もらった湯飲みはそれからずっと自宅で使っていて、今も湯飲みを見ると彼のことを思い出します。亡くなったことを聞いた時には、まさかと思いました。なんで、あんないい人が亡くならなくてはいけなかったのか、今もわかりません。
元施設職員(男性・50代)

洗濯物をたたんだり、入浴の後に、利用者の脱いだものを洗濯物置き場に持ってきてくれたり、とてもよく職員を手伝ってくれたことが記憶に残っています。すごく助かっていました。外部から園に来た人だと、彼が職員なのか、利用者なのかわからないような感じで、私も最初は職員かと思ったくらいです。非常に温厚な方で入所者のリーダー的な存在でした。畑仕事が好きでイモ掘りで収穫したイモを調理して食べたりして楽しく過ごしていました。虫も好きで若い頃はよくカブトムシやクワガタを採っていたそうです。亡くなられたと聞いて、初めは、まさか、信じられないという気持ちでした。あんなにしっかりしていたのに、何でこの人がという気持ちです。
元施設職員(女性・70代)

職員から「準職員」と呼ばれるほど、本当に頼りになる人でした。入所者どうしのけんかがあっても、間に入ってやめさせてくれたこともありました。職員やほかの入所者たちからも一目置かれていて、私も本当に助けられました。演歌が好きで、特に北島三郎さんが大好きで、よくテープを聴いていました。
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43歳の男性

元施設職員(男性・50代)

すごく明るくて元気な方で、いつも跳びはねていた印象があります。

施設関係者

音楽が好きで、踊りのレクをとても楽しみにしていました。






ご意見をお寄せください

相模原障害者殺傷事件についてのご意見や、亡くなられた方へのメッセージを募集しています


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津久井やまゆり園 家族会「みどり会」会長
大月和真さん


事件後、亡くなられた19人のうち、13人の葬儀に参列させていただき、ご遺族ともお話をさせていただいてきました。
何でこんなことになってしまったのか、なすすべもなく命を奪われ、傷つけられた方々の無念さを思うと、本当に悔しくてなりません。
10月に園で開催したお別れ会では、あるご遺族から、「これまで家族全員で姉を守ってきました。守っていたようで、実は、姉に我々家族が支えられていました。ハンディキャップのある姉でしたが、私たちにとって、かけがえのない大切な家族でした」というメッセージをいただきました。
また、ある方からは、「おばあちゃんから、この子は宝だから大事にしろと言われてきて、ずっとこれまでやってきたんですよ」というお話を伺いました。一方で、中には事件のことを思い出してしまうので、「津久井やまゆり園」という言葉を聞きたくない、電話もしないで欲しいという方もいらっしゃいます。
私自身は、ご遺族おひとりおひとりからお話を伺ったことで、ご遺族とも、ある意味で心がつながっているように感じています。

ご遺族が匿名での発表を希望されたことについては、理由は様々あると思いますが、亡くなられた19人のご遺族、それぞれが皆、かけがえのない家族を失い、まだ心の整理もついていない状態です。そうした中で、静かに暮らしたい、騒がれたくないという思いも強いのではないでしょうか。また、知的障害について世間の理解が広がっていない中で、何を語ったらいいのかわからないという難しさが、語ることをためらわせている部分もあるかも知れません。私の息子は、被害に遭いませんでしたが、もし息子が同じようなことになっていたらと思うと、ご遺族の心情はよく理解できます。
ご遺族もいずれは語ってくださるときが来るかもしれませんが、それには、まだ時間が必要だということもご理解いただけたらと思います。
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イラストレーター
ヨネヤマ タカノリさん

NHKが取材した19人の方々のエピソードなどを元に思い出の品をイラストにしました。ご遺族から承諾を得られた方については、似顔絵を描きました。
幼いころから母親が働いていた障害者施設をよく遊びに訪れ、障害のある人たちとふれあってきました。
亡くなった方々のエピソードを元に、障害のある人たちが見せるこまかな表情や雰囲気を大切に描きました。被害に遭われた方は私たちと同じように怖い思いもするし、痛くも感じるはずです。容疑者の言葉は、本人や遺族にとって、今までの人生や一緒に過ごしてきた時間までが否定されているように感じます。19人の方々が生きていた時間やストーリーを少しでも絵で表現したいと考えました。


此れを真正面から受け止められる人になろうよ
でなきゃ 殺人犯とおんなじだよ

偽善者と言われようが 誹謗中傷を受けようが 断じて止めない

もう一度言いますよ

此の現実を真正面から受け止める事が出きず 問題を考えないと言うのなら

でなきゃ 凶悪殺人犯とおんなじだよ

誰にでもある植松の心

そう あなたにも





障害者が当たり前に存在できる社会に

40代男性・会社員

◎亡くなった方たちへのメッセージ
心からご冥福を申し上げます。同じ重度障害の子を抱える親の立場として心から悔しいと感じた事件でした。私たちの人生をなぜ他人に非難され制裁を受けなければならないのかと。私たちの人生は私たちの人生だ。他の人たちに判断される理由はない。私は、私のできる中で当たり前に障害者が存在できる社会に変えていきたいと日々準備しています。
◎今回の事件についてのご意見
障害者を隔離すること、一般の目に触れないようにすることが優先的な考えの社会。子どもの頃から障害者と接する機会が少なかった事がこの考え方に繋がるのではないかと考えました。障害者との交流も、数日一緒に居たところで理解できるとも思えません。日常で、普通に接しないと。
難しいけれど、この事件を機に私は重度自閉症の子を持つ親として心の中の疑問解消に向け実践的に学び取り組み始めました。政治家のように世間に上手く訴えられないかもしれない。コメンテーターのように上手に話せないかもしれない。でも、強い思いで懸命に動くと周りに同じ思いの方々が集まってきている実感がしています。まだ世には出られませんが私なりに変わり始める機となった事件でした。

嬉しい日も楽しい日もあったはず
40代女性

◎亡くなった方たちへのメッセージ
あなたが生きていた日々には、嬉しい日も、悲しい日も、楽しい日も、悔しい日もあっただろう。あなたの存在が、あなたの振る舞いが、笑顔や勇気や温かい気持ちをどれだけ生んだことだろう。尊い人生を生きていたあなたに、あなたの家族や仲間に、心からのお悔やみを申し上げます。
◎今回の事件についてのご意見
容疑者にフェアな価値判断をできるだけの素養や力があったのかどうか、私にはわかりません。だから容疑者を断罪することはできません。
けれど、障害者を否定する人、とりわけ「手がかかる」「迷惑をかけている」と思っている人に伝えたい。健常者だと思っているあなたこそ、たくさんのコストと人手をかけて標準化された社会に支えられているのだと。追い風を受けているとき、人はそうと自覚せず、自分の力だと自惚れるものです。

どんな人だって、支え、支えられ生きているのです。支えられていることに感謝して、支えることに誇りをもって、手を取り合って生きていきませんか。

不幸だったと決めつけないで
兵庫県 20代女性・学生

◎亡くなった方たちへのメッセージ
ひどい事件に巻き込まれたこと、本当に無念だったと思います。亡くなった方々の、最期を思うことはとても重要ですが、最期にだけ、注目するのではなく、皆さんの日常のなかの、笑ったり、ふざけたり、誰かを笑わせたり、笑わせられたり、好きなことをしているときのことなど、皆さんの日常を思うことが、事件の問題を考えるときに必要な姿勢なのでは、と考えます。最期がひどいことに巻き込まれたからといって、人生が不幸だったことではないと思うからです。なにも知らない他人が勝手に、不幸だったね、と決めつけるのは、大きなお世話だと思います。

事件に遭われた方々やご遺族のことを思うと、決して事件をコンテンツとして消費してはならないと思いますので、どのようにこの事件を後世に伝えていくか、繊細な問題だと思います。
◎今回の事件についてのご意見
あいつはダメだなんて君勝手に決めないで 余計なお世話だよ」、誰にでも覚えのある気持ちではないでしょうか。
本人が望むか望まないかとは関係なしに、社会的に「障がい者」と呼ばれることは、誰にでもあり得ることです。そのとき、もしその呼び方に不条理な気持ちがするとしたら、その社会的な意味を作ってきた一人が自分であることを痛感するときなのかもしれません。「障がい者」という名前をつけて、勝手に理解した気持ちになってしまっている人は多いのかもしれません。私自身もそうかもしれません。

簡単に人の問題を理解することも、人の問題を自分のもののように扱うことも、できません。しかし、「障がい者」である前に、笑っちゃうおもしろい過去を持っていたり、すきなものがあったり、一人の人であることを忘れて「あいつはダメだ」なんて言うのは余計なお世話だということはいつも心に置いておきたいです。当たり前のことですよね。

『障害者=自分とは違う世界の人』ではない

静岡県40代女性

◎亡くなった方たちへのメッセージ
価値のない命など、ありません。心よりお悔やみ申し上げます。
◎今回の事件についてのご意見
主人が、交通事故により中途障害者になりました。今はまだ、『障害者=自分とは違う世界の人』と考える人が多いのかなと感じ、残念に思っています。共に地域で暮らすためには、まずは同じ世界に生きていることへの認識や理解が広がることを願っています。相模原の事件について、世間から忘れられようとしている今、番組で大きく取り上げたことに、意味があると感じました。
長崎県50代女性
@亡くなった方などへのメッセージ

やはり恐れていたことが起こりました。
この企画、意見の投稿以前の問題です。
御身大事で生きている人たちにとって、この事件なんてどうでもいい事。
まるでトランプ大統領のように、面倒臭くさい事柄には目を向け、己の利益・私利私欲のためだけに、弱者を排除しようとされています。

伝統ある日本文化は、困っている方がいれば助け合う、お互い様の精神が育まれています。
残念ながら、電車に飛び込み自殺した人を 「ちぇ、またかよ。迷惑なんだよ」と舌打ちする乗客たちにとっては、こんな企画は唯の偽善にしか映らないと思います。
そして再びこんな悲惨な事件を繰り返し起こし、弱者を排除したがるのだと感じています。
島根県50代の男性
@今回の事件や、容疑者の障害者を否定する考え方について、 またこのサイトの内容などへのご意見
自由な忌憚なきご意見をお聞きしたいのであって、この企画自体に不快感を抱く人がいる事に恐怖を感じてやまない。
偽善サイトだと感じられる人間さへいます。しかし、自由な意見は一意見として尊重しなければなりません。
正しい行いを全て偽善と捕らわれる風潮は、この国が病んでいる決定的証拠であると思われます。
自由な忌憚なきご意見をお聞きしたいのであって、この企画自体に不快感を抱く人がいる事に恐怖すら感じてやまない

そこまで遜り、我慢強く接してゆかねばならない企画運営なら、その努力と血の滲むような真剣勝負をされている、ご苦労に、本当に、余計に頭が下がる思いがい達します。
これは国家を上げて意見を集約し、障碍を患われておられる方々との共存した成熟社会を実現させるべき事柄であって、
「見ざる聞かざる言わざる」のお猿さんは、そっと放置しておく方が大人の対応かもしれません。
何故ならば、此の国は、そんな大人が作ってゆく国だからです。

企画運営をされている取り組みと、血と汗の結晶として、全ての人の心へ届きます事を、切に願っております。

皆様からの 忌憚無きご意見をお待ちしております



風 蘭
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Comment

Woսld Βеcoming A Freelance Paralegal Ᏼe A Goodd
Choicе For You?

2017/08/12 (Sat) 04:35 | Magdalena #- | URL | 編集 | 返信

To oxbzzhqpmさん

Comment ('' ▽ `) Thank you ☆
Oh, I'm happy with the quick check.

Please fully enjoy my blog ~ ☆ 彡

2017/07/28 (Fri) 19:40 | 風 蘭 #ynHGGUUM | URL | 編集 | 返信

tfnldsy@outlook.com

十九の命 障害者殺傷事から一年 | もう一つの OneNote
oxbzzhqpm http://www.g271n6owo36cal42o407ma1byln826f1s.org/
<a href="http://www.g271n6owo36cal42o407ma1byln826f1s.org/">aoxbzzhqpm</a>
[url=http://www.g271n6owo36cal42o407ma1byln826f1s.org/]uoxbzzhqpm[/url]

2017/07/28 (Fri) 17:23 | oxbzzhqpm #EBUSheBA | URL | 編集 | 返信

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