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B1病棟@其の1

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B1病棟@其の1


その時、軽快なエンジン音を鳴らせ、アダム・オペル・ベクトラCDX・2500は、ただ東に向かって高速道を爆進していた。
ハイオクガソリンはエンジンルームで沸騰し、時速自動制御機能によりメーターは常に時速200㎞を表示している。
追い越し車線を駆け抜け、前方の車にはハイビームでその存在を知らせる。
自分の感覚器官の一部の様にその車体は瞬時に反応し、まるで脳細胞からのシナプスの電気信号で張り巡らされた神経器官の延長のようだ。
さすがにドイツのアウトバーン用に設計されているだけのことはある。何台もの車が前方に現れては、直ぐにバックミラーから姿を消して行く。
高速道に入ったことでますます車体は路面に吸い付くように安定した走りを見せてくれる。
まるでF1レーサー気取りでシートバランスを低めに、後方に倒して調節しているために、ハンドルを握る手は常にぴんと突っ張ったままだ。
緊張で掌に汗をかいていたが、レザーハンドルはしっかりとグリップをしてくれている。

片手では絶えず携帯を使って各方面に連絡を入れる。
やり残した仕事のキャンセルを丁重に打ち合わせて断りの連絡を入れていく。
念のため、実家の母親にも連絡を入れてみた。

「拓哉、お願いだから今すぐ警察に出頭して頂戴。貴方が一番つらいのはよくわかるから。」

案の定連絡が入っていたらしい。実家の母にも心配しないようにとだけ伝え、一方的に説得をして通話を切る。
驚くほど頭の芯がさえて、次から次へとアイデアが湧き上がる。今はすこしの時間も無駄にはできない。
今後、少しの間この未知なる力を利用して最後までやれるか試してみたくなった。
時間の進行よりも自分の思考回路の速さのほうが何倍も上回っている。
自信にみちて言語は早口で声のトーンが低くなり、舌が考えに追いつかず、ドモリ気味になる。この疾走感に堪らなく酔いしれている。
また携帯が鳴っている。取るまでもなく妻の玲子からだとすぐ解かる。
ウインカーを点けて目の前の大型トレーラーを瞬時にかわして携帯をとる。

「今何処にいるの? お願いだから戻ってきて。皆心配しているの。むちゃなことはこれ以上しないで。」

「今は詳しく説明出来ない。俺のことを信じろ。もう一度俺を信じるんだ。これは生死を賭けた戦いなんだ。」

何か話しを続けようとしたが此方から一方的に通話を切る。全く女という生き物は直ぐにうろたえ、自分のことばかり気にするものだ。
今の自分にとっては、煩わしい存在になってきている。

そして再び車内にはシャーデー・アドューのハスキーなボーカルが響き渡る。

これは如何しても勝たねばならない戦いだ。もう後戻りは出来ないし、勝つためならもはや手段を選ばない。
相手は同じ病気の躁状態の力を利用してきた怪物だ。全力で戦う用意が必要だ。すでにリミッターは制御を解かれアクセルは全開となり、血液は脳を駆け巡って極度の覚醒状態となっている。
思考能力と判断力が極限にまで上昇し、その張り巡らされたアンンテナで臭いを敏感に嗅ぎ分け、あらゆる思考回路で獲物を捕獲しようとしている。
鬱状態と心療内科で診断されて、処方された抗鬱剤パキシルが、どうも俺には神経伝達物質のセロトニンに過剰に反応する遺伝体質らしく、脳内のレセプターが敏感に察知して容易に躁状態へと変貌を遂げたらしい。

アドレナリンが脳内に充満している。

しかし、もう何も迷うことは無い。この未知なる力を利用して強靭な戦士となり、勝利の方程式を突き進むのだ。
そう、ヒンズー教の戦いの神シヴァの如く千手と三面眼で無敵の破壊者となるのだ。

今にも第三の目が額に開き世界の全てを焼き尽くすがごときの勢いだ。
そう、罪と罰の様なこの世界はいっそ全てを破壊する事が、きっと再生の早道なのだ。

常人では無かったアドレフ・ヒットラーも聖徳太子も田中角栄も同じような精神病と呼ばれる症状により、その力を利用して歴史を動かしてきたと考えるほうが現実的であろう。
己の存在意義も家族の暮らしの安定もその向こう側にだけ在り得るのだ。
九州から本州への関門海峡を渡ったあたりで検問のパトカーの数が目立たなくなってきた。
長崎インターからタイヤを軋ませパトカーの追跡を振り切ってきた状況が、250㎞離れた土地では少しは改善された様だが、今一度気を引き締めるよう自分に言い聞かせた。


四月二十一日、今日の午前中、早めに会社の指示もあり、妻の玲子に付き添えわれて掛かりつけの心療内科の紹介で国立病院の精神科を無理やり受診させられていた。
その規模と最新の医療設備で、この辺りでは最も外来患者が多い病院だ。
まるで自分自身が診察を受けるのではなく、一人では歩けぬ玲子の肩を支えてやっていた有様で、玲子が患者の様に人目には映っていた事だろう。
それほどに玲子はここ一週間で明らかに衰弱し、目が窪み頬は削げ落ち、精神の崖っぷちに立っていた。

初めに玲子から診察室に呼ばれ、自分がこの病院を診察するに至る間の状況の簡単な説明を求められていた。
ドアに耳を当てて微かな声を聞き取る。
年齢四十七歳、効鬱剤による躁状態と思われる状況が二週間続いていて、日ましに激しくなっていること。
家の包丁を全て隠し、夜も寝られないほどの恐怖でいっぱいであることなどを話している。

その後、自分の名前を呼ばれ診察室に入った。

「藤沢 拓哉さん、どうぞおかけ下さい。」

担当医の尾崎Dr.は三十五歳前後の若い先生だった。もの静かな物腰でDr.は話し始めた。

「双極性感情障害の疑いがあります。場合によっては入院していただく必要があります。診療の方向を見極めたいので、ここ一年間の出来事を出来るだけ詳しく説明して下さい。」

「私は以前、製薬会社のMRをしていましたし、兄も同じ病気を発病していますので、その病気の事は良く知っています。たとえ私がその傾向にあっても、強制入院なんてとんでもない話です。
今はそんな悠長な状況にはありません。」


いわゆる、“躁鬱病”とは躁と鬱が繰り返される傷害のことで、躁病の時は興奮し、おしゃべりになり、夜も眠らず動き回る。
初めは陽気で幸福感に浸っているが、しだいに怒りっぽくなり、敵意を見せることが多くなる。
自信過剰で誇大妄想的なことを口にし、傍若無人に振る舞ってしまいがちだ。
次々と考えが沸いてきてまとまりがなくなる。大声で早口に、脈絡のない話し方をするようになってしまう。
その為、判断力が鈍くなり、金銭的な問題行動に走ったり性的トラブルを引き起こし、病状が進むと対人関係や仕事の追行能力が大きく失われ家族とも様々なトラブルに巻き込む危険性が高まる。
現実感においての躁病と現実逃避の鬱病のどちらの状態にあっても本人は苦しく、社会生活での困難が生じやすくなるので、早期の対応が望まれる。
特記して躁病の症状が急激に現れる時は、無謀な行動を抑える意味においても、入院治療が必要となる場合がありえる。
本人には病気という自覚がないので、家族が説得を試みても同意が得られない時は、強制入院もやむを得ない場合がある。


「私は掛り付けの心療内科の誤診でパキシルの副作用での躁転換だと自覚はあります。鬱病の38%は誤診であると聞いています。
兄が同じ誤診で病状を拗らせて大変重篤な病状になっている事も心療内科には説明していたのに係わらず、簡単に禁忌のパキシルを大量に処方されたんですよ。
怒りが収まりません。その為にこの国では自殺者が絶えないじゃありませんか。
この藪医者だらけの流行りの心療クリニックの大多数において、同じDr.としてどのようにお考えなられているのでしょうか。私は社会悪であると断言したい心境です。」

「おっしゃられている事に一精神科医として、全く同感です。特別な勉強もしないで私利私欲の為に心療クリニックの看板を掛けられる先生がたも多いのが現状です。全く医師としてお恥ずかしいことだと思い危惧しております。」

「薬の処方での外来通院なら構いません。心理カウンセリングなら受けてみたいと思います。」

入院にならない自信があった。正気であることを見せ付ける必要がある。

俺はゆっくりと尾崎Dr.に話しはじめた。思えばすざまじい一年を過ごして来た。

 
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2017/03/24 (Fri) 23:30 | PTFE Roller #EBUSheBA | URL | 編集 | 返信

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2017/02/20 (Mon) 00:18 | pbvcqyfmh #EBUSheBA | URL | 編集 | 返信

にーチェ♪さまへ

今晩は、にーチェ♪さん。
まさかB1病棟@を読んで下さるとは思いもよらぬ光栄です。

誤字脱字もそのままで勢いで綴っていますので、さらりと読んでください。
全てがノンフィクションですので、私のブログの原点です。

躁うつ病の1型の特徴はかなりリアルに表現出来たと思います。

出来ましたらご感想をお願い致します。。。



2012/05/02 (Wed) 23:16 | 鳳 凰 殿 #- | URL | 編集 | 返信

NoTitle

何か...すごい物語が始まる気配!!!

ゆっくり読ませていただきますね。

2012/05/02 (Wed) 22:50 | にーチェ♪ #- | URL | 編集 | 返信

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